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ウタ自身を殺すための歌姫への道は、面白いほど上手くいった。やはり映画のヒロインでありラスボスである自分には、補正が入っているのではないだろうか。熱狂的で狂信的な歓声に微笑みながら歌を歌う日々。甘やかで美しいうたうたい。大衆の恋人。愛嬌と無邪気さと天真爛漫さで世界に降り立った救世主。そんなことを叫ばれていて、世界にはウタのファンがいるらしい。それは一般市民も、海軍も、海賊も。
どこかで、あの人たちは聞いてくれているだろうか、と歌っている間に思うことがある。映画の流れ通り、ベガパンクの映像でんでん虫は自分の手元にきたし、今となってはどこにだって届くのだろうけど。ああ、でも自分の歌は聴いて欲しくないかもな。あんまりいい歌詞じゃないし。
ウタは、前世に知っていて、好きだった歌の歌詞を歌うことがある。まるで盗作しているようで気が引けたのだが、興奮した面持ちで拍手してくれる人々を見ると歌わずにはいられない。その中でも、民衆が気に入っているのはウタが歌うラブソングや愛をモチーフにした歌であるらしいことを知った。「もうしばらく会ってない家族に会いたくなった」とか、「臨場感と悲しみと情熱が伝わってくる」だとか、「まるでウタちゃんに愛されているみたいだ」とか。正直最後の意見には顔を引き攣らせるしかなかったが、まあ間違いではなかった。
だって、愛を思う歌なんてものは、もっぱら赤髪海賊団のことを思って歌っているから。あれから十二年近く経っているのに、未だに色褪せない思い出を懐古して、その人たちに届けばいいなんて思って歌っている。それが届くか届かないかなんてどうでもよくて、ただただ彼らの航海の無事を祈るように歌っているから。誰よりも、大好きだから。
それに。
(恋の歌は、現在進行形で恋してるから、なんだけどね)
ウタは自嘲気味に小さな唇で笑みを作った。苦い痛みが胸いっぱいに広がる。
家族である赤髪海賊団を思う時とは別に、ラブソングなんかはいつだって一人の男の後ろ姿が思い浮かんでいた。十二年も会ってないのに。この十二年でどうなったのかもわからないのに。それでも、好きだった。たとえこれが執着でも、依存心であってもそれは別に構わなくて、ただただ、ウタの瞼の裏に焼き付いて、目を閉じればいつだってそこにいるのは赤髪海賊団のみんなで。そして、ベックマンだった。ラブソングを歌う時、ウタはいつも、彼の後ろ姿もタバコの匂いを共に思い出す。歌を褒めてくれたこと。無茶を嗜めてくれたこと。頭を、撫でてくれたこと。全てがウタにとっての宝物で、墓場まで持っていく思いだった。
ウタはエレジアの外に出たことがない世間知らずだから、きっと過去の思い出が美化されているのはわかっている。けれど、思わずにはいられない。慕わしく愛しいひとのこと。幼い恋心を持て余したまま女になってしまったウタは、それを心苦しく思っても、大事に抱えていたかった。
馬鹿な女。私には家族を懐かしむ資格も、好きな人を想う資格もないのに。
みんなが、呼んでる。映像でんでん虫をつけて、今日もウタはガラスみたいに綺麗に笑う。

「みんなやっほー!ウタだよ!」