贋作は春霞に微笑む


血の匂いが、する。
轟々と燃える火の中。子供の泣き声、大人たちの悲鳴、それを上回るほどの銃声と肉が切り裂かれる音。硝煙に混じってすら色濃い、血の匂いで、目を開けた。ーー片手には狙撃銃。もう片方には隠しナイフを常備。いつものこと。そうしてスコープを覗いて、ヌーの大群みたいな人の群を撃ち殺す。躊躇いはない。
「人殺し」
後ろからの声。ーーそうだとも。あたしは人殺しだ。
「役立たずの木偶人形」
「不気味な戦闘兵器」
「冷血無比のひとでなし」
「国のために戦って死ね、穀潰し」
意志は必要なく、言葉もいらない。ただ、命令に従っていれば、それだけでいい。淡々と機械的に人を撃ち殺して、淡々と命令に沿って戦果を収める。それが、あたしたちの国がしている戦争というもので、戦争があるということがあたしの価値だった。
昔から料理とか、お裁縫とか、お仕事とか。そういう人間らしいものをするのがてんでダメで、人を殺すこと以外は何もできない。銃を持ったのは八歳の頃。そのまま自衛団のボスになったのは十三歳、そして軍に引き抜かれて、それから十年、あたしはこの戦場にいる。
この戦争が終わったら、と上司はいつも話すのだ。ーーこの戦争が終わったら、お前は処刑になる。それまで我々に貢献しろ。そんな、薄汚いドブネズミを見る目をされても、あたしは傷つくことすらできなかった。ただヘラヘラ笑って、はぁいなんて返事して。馬鹿みたいなのも、周りからの嫌悪の目にも、気がついていた。それでも笑いを収められなかった。
だって、あたしはそうなって当たり前だから。
「お前なんか、地獄に堕ちろ」
ーーあの日、あの時。
初めて人を殺した日から、ずっと。
あたしは、地獄に堕ちるために生きている。

***

夢を見ていた。
昔の夢。生産性のない記憶。忘れてはいけない罪の日々。
今のあたしが、生きる意味。


ぱち、と目を開けたら、いつもと変わらない天井があった。いつもと同じ朝。いつもと同じ光景。いつもと同じ、憂鬱。何度も何度も繰り返されるうちに折り重なった自分の死骸をイメージして、そのうち無駄なことだなと自嘲した。どうせ昨日のあたしが倒れたとて、今日のあたしは生きているのだから、仕方ない。

今日は平日。すこぶるいい天気。二度寝したら気持ちいいだろうなって思うけど、お生憎様。学生である以上は学校に行かなければならない。このままバックれたところで次第に日にち感覚が消えてしまうから、早く手足を動かさなければ。

だから目覚めたくないなんて、思っちゃいけない。

それでも、時間というものは砂のようにこぼれ落ちていく。ほどなくして目覚まし時計の嘆きが鳴いて、それを宥めるように止めた。ため息を吐く。
ベッドから降りてフローリングに足をつけると、いつもよりも冷たくて震えた。それが、寒さのせいなのか夢のせいなのか、あたしは知る術を持っていない。


鏡の前に立った。ひどい顔の女がそこに立っていた。


「おはよう、未来」

呟いた声は、鏡の中に吸い込まれていって、同じ顔をした女が、反射板の向こう側で情けなく笑ったのがわかった。





今日も、あたしの贖罪が始まる。

【贋作は春霞に微笑む】

昔、昔。
かなり昔のことだけれど、あたしには、この日本という国ではない国で軍人だった記憶がある。上層部のお偉い様たちとかではなく、文字通り命をかけてお国のために命を投げ出す兵隊さんだった記憶が。そこでたくさん、人を殺してご飯を食べていたのが、あたし。
あたしは戦う以外のことがてんでできなくて、ドジだし間抜けだし馬鹿だった。でも、狙撃銃の腕だけは本物で、上官たちからは「出来損ないの戦闘人形」と嘲笑われていた。その通りだと思った。
はじめて、人を殺した時の感覚は今でも覚えている。何度も吐いたし、何度も泣いた。けれどいつからか、あたしが泣くことはいけないことなのだと気づいた。だって、あたしは人殺しで、それでお金をもらってご飯を食べてきた女だ。そんなあたしが、人間みたいな気持ちを持っちゃいけないんだ、って。
そんなことに、あたしを汚いものを見る目で睨みつける上官や、同じ国の軍人たちを見て気がついた。
あたしって、ほんと馬鹿だ。

「国に貢献してから地獄に堕ちろ」
それが、浮浪児として銃を持って自衛団のボスとしてスコープを覗き込んでいたあたしを拾った男の言葉だった。その男は、あたしが銃で人を撃ち殺すことしかできないと気づいて、「お前は人間として生まれてくるべきじゃなかった」なんて、顔を歪めていった。
あたしとであった人間はみんなみんな、同じことを言う。地獄に堕ちろ人殺し、人間のなりそこない、木偶人形。だから、だからあたしも、そのつもりで生きてきた。天国になんて行けるとは思ってない。死ぬ時は、あたしは地獄に堕ちて、そして初めて人から喜ばれるのだと。

そう思っていた、のに。

あたしは、気がついたら鳩原未来という名前を持った女の子になった。

そこでも、あたしは銃を握っている。