* * *
「そんなに泣かれたら、僕が本当に意地悪をしてるみたいじゃないか。」
泣いてる私の背中を優しく撫でてくれる彼に、「意地悪だったよ。」と言ってみる。本当のことを言ったつもりだったけど逢坂くんは「ごめんね。」と謝りながらも笑っていた。
「ナマエさん。」
彼の呼ばれて少し顔を向けると、逢坂くんは私の体を包むように抱きしめてきた。暖かい。どうして彼の体温は高いんだろうとずっと疑問だったが、今それが何故なのかよく分かる。服越しに感じる彼の鼓動が、私の鼓動よりも速かったのだ。ドクンドクンと鼓動を打ち付けている心臓。彼は本当に私のことが好きなんだと改めて感じた。
「……好きです。君のこと、誰よりも好きです。」
逢坂くん、と彼を呼んで顔を見ようとするも、逢坂くんは私を抱きしめてる腕に力を入れる。
「今、顔を見られたら困るんだ。…情けない顔をしているから。」
そういった彼の声が少し震えていた。もしかして、と思ったがどうやら間違いないらしい。泣き声を押し殺している彼に、私はそっと彼の背中に腕を回しながら先ほど彼がしてくれたように優しく撫でる。
「逢坂くんが泣いてしまったら、私まで泣くわけにはいかないよね。」
「…泣いてないよ。」
この上なく分かりやすい嘘をついた彼に、私は思わず笑ってしまった。「意地悪してきたから、仕返しだよ。」触れた彼の背中の体温は、やっぱり私より暖かかった。
*
ふたり泣き止んで、お互いの目が赤いことに少し笑い合うも時計をみれば既に日付が変わろうとしていた。
逢坂くんはどうやら同じメンバーたちと寮に住んでいるらしく、彼は携帯に入ってる着信を見てどうしようか悩んでいるようだ。
「今から駅に行こうとしてもこの大雨の中じゃキツいね。逢坂くんさえ良ければウチに泊まっていっていいよ。」
ちょうど来客用の布団は先日洗濯したばかりだから、と立ち上がって寝室へ行こうとしたところ、逢坂くんは私の手を引いた。
「気にしないで。今日はもう帰るよ。」
「え?でも…」
「その、いくら君が彼女になったとはいえ、さすがにまずいと思うんだ。」
特に今日は、意識して寝るどころじゃない。
そう言った彼の頬が赤い。逢坂くんの言いたいことに気づいた私も釣られて顔を赤くして、「ご、ごめん!変な意味じゃなかったんだけど…!」と慌てて先ほどの自分の言葉を付け足す。彼もまた「分かってるから大丈夫」と答えてくれたが、確かにこれは落ち着いて寝れない。
彼の持ってる折りたたみじゃ少し小さいので、私の家にある傘を貸すことにした。
「今日はありがとう。傘もちゃんと返すね。」
「うん。気をつけて。」
ごく普通なやり取りだけど、やっぱり彼が彼氏なんだと思うと恥ずかしくてたまらない。玄関のドアに手をかけていた彼はそのまま引き返すように私の体をまた抱きしめてきた。
「…仕事が忙しいから、次いつ会えるのかちゃんと言えなくてごめんね。でも、必ず時間を見つけて会いに来るから。」
「……うん。待ってるね。仕事、無理しない程度に頑張って。」
それからゆっくりと離れていく彼の体温。寂しそうに笑いながら少し手を振ってくれた彼との間を、ドアが遮っていった。
彼が残した体温は次第に熱が冷めていき、それを忘れないようにと私はその場で膝をつきながら自分の体を抱きしめる。
果たして彼とこれから上手くやっていけるんだろうか。
私から離れていかないだろうか。
不安はたくさんある。正直今もその不安で押しつぶされそうだ。
でも、それでも彼が『会いに来る』と言ってくれたのだから、私はそれを信じて彼をこの部屋でずっと待っていよう。そう思いながら私は、もう枯れたはずの涙を一雫、床に落とすのだった。
ここにある幸福
ここにある幸福は自分にとって初めての完結作品です。
連載開始してから数日後、2部の追加ストーリーで逢坂壮五が男子校出身だということが判明してどうしようかと思いましたがなんとか完結してよかったです。
*2016.05.22 開始
*2016.06.11 完結
*2016.10.** 移転後修正