* * *
「私に黙っていたこと…?」
思わず聞き返してしまった。
逢坂くんはゆっくり頷いたが、少し悲しそうに目線を落とす。その顔に思わず胸が締め付けられた。痛い。
「僕と連絡を取ることによって君に辛い思いをさせているのなら、僕ももうナマエさんとは連絡を取らないようにするね。気づいてあげれなくて、ごめんなさい。」
「私が勝手にそう思うだけだから、逢坂くんは悪くないよ。」
「でも、謝らせて欲しい。ナマエさん、僕は…君と再会してから今日までの数ヶ月間、本当に幸せでした。」
それから逢坂くんはゆっくりと私に、彼が今まで抱いてきた気持ちを教えてくれた。高校時代に初めてお互いの進路が同じだと知ったあの日から私に大学を辞めて夢を叶えたいと打ち明けたあの日まで。
「失礼な話、出会った当初の僕は君のことを普通の女の子と思っていたんだ。でも、君と一緒に受験勉強しながら互いの趣味を語れる友達になってから、少しずつそれが違うってことに気づいた。君は僕が思っていることや、したいことを尊重してくれる。きっと当然のことなんだろうけど、僕にはそんな人がいなかった。」
私から見た逢坂くんはそれなりに多くの友人がいるように見えたが、どうやら互いの本音を語れたり出来るのは数人しかいなかったらしい。ほとんどは彼の家に媚びて近づいた人たちばかりで、彼もまた表面上の付き合いをしてきたとのこと。
「…それに、ナマエさんは初めて僕の夢を応援してくれた人なんだ。僕はあの日のことを一生忘れない。あの日僕は、君のことを好きになりました。」
「……え。」
「大学に進んで君と一緒に過ごす時間が増えてく中で薄々自分が君に抱いている気持ちに気づいていたんだ。でも、確信がなかった。」
「ま、待って逢坂くん。何言って…」
どうしよう。そんなの私が予想していたことと全然違う。
それこそ今の私の方が気が動転してしまって頭の中がこんがらがっている状態だ。なんて言ったの逢坂くん。私のことが好き?
「もしあの日、君がそんな夢なんか諦めたほうがいいって言っていたら、僕はアイドルになろうとは思わなかった。でもどうしてだろうね。僕は意地が悪いのかもしれない。君ならきっと僕の背中を押してくれると思ったからこそ、打ち明けたんだと思う。けど、例えアイドルになれなかったとしても幸せだったと思うよ。」
僕の話す夢を君は真剣に聴いて真剣に受け止めてくれた。例え背中を押されなくても僕にはそれだけで充分だったんだ。
「クラスメイトとして君のそばにいられるなら、それもまた僕にとっての幸せなんだ。だから、君と再会して君と連絡を取ってきたこの数ヶ月間、僕は本当に幸せだった。」
優しく微笑む逢坂くん。胸がまた違った意味で締め付けられて、私は涙が溢れ出た。彼の前だと泣いてばかりの自分が情けない。でも、今日ぐらいはどうか許して欲しい。
「逢坂く…っ、」
泣いてるせいで声が震えて、上手く言葉をかけられない私に逢坂くんは小さく笑いながら「…ナマエさんが泣いてるのはどうして?」と聞いてきた。それこそ意地悪じゃないか、なんて思ったが、うう、と情けない声を漏らした私に彼は「ごめんね」と謝ってくる。
「…君に思いを伝えること自体、迷惑だったかな。」
「ちが、…っ迷惑なんかじゃ…」
あの日のように、逢坂くんは親指の腹で優しく私の涙を拭き取る。無理矢理に泣き止もうとしながら、少しずつ落ち着きを取り戻した私は逢坂くんの手を握ってみた。雨に濡れてる訳ではないのに彼の手が暖かく感じるのはどうしてだろう。
「…私が連絡を取るのやめたいって思ったのは、逢坂くんのことをファンだけでなく、クラスメイトの逢坂壮五として好きになったからなんだ。」
「そう。よかった、嫌われた訳じゃなかったんだね。」
「うん。……私の方こそ本当に、ごめんなさい。」
「謝らないで。君だって悪くない。」
誰が悪いとかそういうことじゃない。そういった逢坂くんに私は俯きながらゆっくり頷いた。
「僕と連絡を取ること自体が辛いのなら、僕はそれを受け入れるよ。君に辛い思いはさせたくない。…でももし、君の中でアイドルとしての逢坂壮五よりクラスメイトの“逢坂くん”の方が想いが強いなら…僕のことを選んでくれますか。」
彼にそう言われて私は、内定通知書が届いたあの日のことを思い出した。
逢坂くんに内定が取れたことを伝えようとはした。メッセージもきちんと書いた。でも、送れなかったのだ。
それは彼に連絡を取ることに罪悪感を感じていたからだけじゃない。きっと、彼とこの先、友人の関係を続かせていく中でポロッと彼に想いを伝えてしまうのではという不安があったからかもしれない。そうなったら彼はきっと私のことを嫌うだろう。
彼が私から離れていく姿が安易に想像できて、それが怖かったのだ。
それらも全てよくよく考えた上で、私は自分の手の中にある彼の手を強く握り締めた。
「私で、よければ。」
その声は震えていた。泣き止んだと思っていたが涙がまた次第に溜まっていく。またポロポロと溢れたそれ。逢坂くんはまた優しい笑みを浮かべながら、「君じゃなきゃダメなんだ。」と言ってくれた。