* * *

 ただのそっくりさんだと思っていた。
 面接試験を終えて、疲れた体を引きずるように歩いていたら、ビルに設置された巨大なモニターに『話題沸騰中!新アイドルグループ』という文字と共に容姿の整った男の子たちが次々に映し出される。そういえば、この頃TRIGGERで騒いでいた友人たちが「IDOLiSH7」という名前も口にするようになったのを思い出した。
 別にテレビは見ない人じゃないが、この春から3年生になり、試験勉強はもちろんだが就職活動もしているため、ゆっくりとテレビを見る時間がない。見るといっても堅苦しいニュース番組程度だ。

 みんなかっこいいなぁ、そりゃ女の子たちが夢中になるわけだ。

 何処か他人事のようにそんなことを思いながら見ていると、もう暫く見ていない彼の姿がそこにあった。
 『新曲、すごい人気ですね。今日もこのあと披露して頂きますが、何か意気込みは?』
 『この曲はみんなでたくさん練習してきた思い入れのある曲です。是非、今日は生で聞いて貰えたら嬉しいです。』
 司会者やカメラの前で堂々とそう答えた彼。同じように立ち止まって見ている女の子たちからは黄色い悲鳴が上がったが、私は正直今日一番の衝撃を受けていた。

 「…逢坂くん。」

 ポツリと呟いた彼の名前はそのまま誰の耳に届くことなく、やがて彼らの素晴らしい歌や女の子たちの応援している声、道を通っていく人たちによってかき消された。

 *

 逢坂壮五こと、逢坂くんとは同じ高校からの友人だった。
 友人といっても、当時は挨拶したり軽く会話交わす程度の普通のクラスメイトの仲だと思う。彼もまた私のことを友人かクラスメイト程度の認識で話していたんだと思う。
 そんな彼と更に話すようになったキッカケは第一志望の大学も学部も同じだったからだ。

 「ナマエさんもそこに行くんだね。」
 「うん。経済学部なら就職に有利かなっていう単純な理由だけど…。」
 「そんなことないよ。きちんと自分の未来を考えているだけでもすごいと思うよ。」

 何気ない会話のはずが、その時だけ彼の顔が少し辛そうに感じた。もしかしてだけど、彼の家がFSCという大きなグループだから彼は親に言われるがままにこの大学のこの学部を選んだのかな、なんて一瞬思ったが、背景事情も知らないのに人の家のことを決めるのは良くないなと思って私は笑って誤魔化す。

 「もし逢坂くんと同じクラスになれたらいいね。そしたら少しは気が楽だな。」

 逢坂くんは、いつものように優しく微笑んで「そうだね」と答えてくれた。

 それから彼とは大学の試験勉強について話をしたり、一緒に大学のオープンキャンパスに参加したりと関わる機会が増えた。私があまりにも淡々としているからか、女子たちから王子様と密かに憧れられてる彼との噂は立つことなく、誰からの恨みも買うことなくいつもどおりの日々を過ごせたと思う。

 けど、逢坂くんとの距離がまた近くなったのは高校3年の季節が秋から冬に移った頃。

 「ナマエさんは音楽とか好き?」
 その日は逢坂くんから貸してもらってた参考書を返すべく、休日に駅で待ち合わせた彼が突然そんなことを言い出した。逢坂くんとは学校の話はするものの、お互いの趣味の話は一切してこなかったから正直意外だった。

 「うん、好きだよ。」
 「本当?実は、ナマエさんと同じ大学に進むからいろいろとお互いのことを知りたいって思って。音楽好き?なんて言いだしたのはただ単に僕の趣味が音楽だからなんだ。」

 興味ない、なんて言われたらどうしようって思ってたよ。
 そう言って安心したかのような顔を浮かべる逢坂くんに私は思わず笑ってしまった。それこそ、私のほうが彼とはこういった話をしないから、実は嫌われていたのでは?と心配していたのだ。そのことを伝えると逢坂くんは「そんな…ごめんね。」と申し訳なさそうに謝ってきた。
 謝って欲しかった訳ではないが、本当に優しい人なんだなと改めて感じた。

 それから彼と近くの喫茶店に入り、お互いの事をたくさん話した。趣味から好きなもの、嫌いなもの、最近家でおきたことなど、そういった話をしていくうちに意外と彼と話が合うことが分かる。後日、逢坂くんは私に「この歌手のこの歌、すごくいいんだ」と勧めたCDを学校で渡してくれて、家に帰ってから聞いてみると彼の言うとおり本当にいい曲だった。
 別に好きな歌手でもジャンルでも何でもない曲だけど、その一曲は本当に今でも定期的に聞いてしまうぐらい気に入っている。

 そこから入試を終え、無事に春から彼と同じ大学に進んだが、次第に私の中で彼が特別な存在へと変わってしまった。それは彼の優しい言葉遣いだったり、授業を受けている時の真剣な横顔だったりと様々だが、いつも背後ではあの曲が流れる。
 逢坂くんの笑顔は見てて何処か安心するものだったのに、今ではその安心感の中にドキドキが混ざるようになってしまった。

 そんな逢坂くんが大学を辞めたいと言いだしたのは、大学2年目の夏だ。

暗涙