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目が覚めると、自分の部屋のものではない天井が目に入った。
視線だけで辺りを確認すれば、どうやらここは海軍の医務室であるようだと認識できた。私の横には上司のクザン大将が立った状態のまま眠っていた。
「サボりですか?クザン大将」
クザン大将は愛用のアイマスクを少しずらすと、その隙間からこちらを伺う視線を寄越した。
「違うよ。街で名前ちゃんが倒れたって聞いたから心配して様子を見に来たんだよ」
町で倒れた?何のことだろう?その時のことを思い出そうとしながら起き上がると、後頭部がずきりと痛んだ。どうやら倒れたときに頭を強く打ったらしい。
「大丈夫?」
気遣わしげにそう尋ねてくるクザン大将に大丈夫だと伝えようと顔を上げた先に、クザン大将と同じように私を心配そうに見てくる青年の姿が目に入り、思わず動きがとまった。
『大丈夫か?あの時は支えてやれなくて悪かったな。怪我とかしてねーか?』
そう言って、ずきりといたんだ場所にそっと触れようとしている青年、ポートガス・D・エースから視線を反らすと、どうしたの?なんて尋ねてくるクザン大将に視線を移した。
「……クザン大将。幽霊って信じます?」
「…………検査入院する?」
本気でそう言ったクザン大将の視線が痛い。
確かに最近働き詰めだったが、それもこれも原因は目の前の上司のせいだ。このさぼり癖のある上司が真面目に仕事をしてさえくれれば、こんな幻覚を見ずにすんだはずである。
『なあ、こいつ随分と顔色悪いな。ちょっと休ませてやった方がいいんじゃねェのか?』
ぬけぬけとそういい放った青年の言葉は勿論クザン大将には届いておらず、私に触れようとする青年の手は当然の事ながら私の体を突き抜けている。その部分が少し寒い気がするが、これは私の幻覚なのでそんなことは絶対にないと必死に言い聞かせた。
「……そ…うですね。ついでに1年くらいお暇をいただいても……?」
ホラーの類いが大の苦手の私に対して神様は一体なんという仕打ちだろうか。今まで堅実に生きてきた私の身になぜこんなにも非現実的なことが起こっているのか。正直怖くて泣きたい気持ちでいっぱいだが、それをなんとか飲み込みそう言えば、途端にクザン大将が慌てだした。
「え……!?ごめん。そんなに思い詰めてたの?これからはちゃんと仕事するからさ、せめて1週間くらいにならない?」
そう言うクザン大将から少し視線をずらせば、つい先日亡くなった筈の人物が目に入り、ここにいる限りこの幽霊を目にいれ続けることになるのかと思うと、私の精神が耐えきれない。本当は1年と言わず、ずっとマリンフォードから遠く離れた場所で暮らしたいが、クザン大将から長い間離れるのも嫌なので考えた結果の1年なのだ。
「無理。耐えられない」
クザン大将がベッドに腰掛けスプリングがぎしりと音をたてた。片手で私の両手を包み、もう片方の手で私の髪をすいて、その手つきが優しくておもわず甘えたくなってしまう。しかし座っても尚見上げる場所にあるクザン大将の表情は硬く、今はその時ではないのだと自分に言い聞かせた。
「それ、本気で言ってる?どうしてもって言うんなら止めないよ、俺は。名前ちゃんの好きにしたら良いと思う。うん。今回倒れたのだって過労でだろうし、俺のせいかもしれないんだし、ゆっくり休んで欲しいとも思うし、まぁ、無理させてた俺に名前ちゃんを止める権利はねェわな」
『なあ、お前ら付き合ってんの?』
私が過労で倒れてしまうと思うほど私に無理をさせているという自覚があるなら、なぜこの男は普段の生活を改めないのか。ていうか、もう少し根性を見せて引き止めろよバカ野郎。そしてポートガス・D・エースは空気読めあほんだら。
耐えていた筈の涙が目から溢れて視界がぼやけた。
「大丈夫?落ち着いて。ね?」
『おい!オマエ!こいつ泣き出しちまったじゃねぇか!どうにかしろよ、コイツと付き合ってンだろ!』
オロオロしだすポートガス・D・エースとは裏腹に、落ち着いて私の様子を見守り背中を撫で始めたクザン大将。
「あの……もう一度言いますね。私、今幽霊が見えてるんです。それもついこの間死んじゃったポートガス・D・エースの幽霊です。幽霊とか本当に駄目なのに、なんでこんなの見えるようになっちゃったんですかね?
わ……私、疲れすぎで幻覚見ちゃうようになったんですかね?」
しばらくの間の後、真剣な表情になったクザン大将は「冗談じゃなく?」と聞いてきた。
「私がこの手の話しが苦手なの知ってますよね?」
「うん……。何か悪魔の」
「食べてません」
「……まあ、そうだよね。じゃあ、そのエース以外の幽霊は見える?」
不幸にも第六感でも目覚めたのかと思っていたがどうやら違うらしく、辺りを見回してもポートガス・D・エース以外の幽霊の姿は見えなかった。
「……いいえ」
「そのエースの幽霊は何で名前ちゃんに憑いてるかわかる?」
"憑いている"という単語に寒気がして「憑いているとか言わないで下さい。怖いじゃないですか」と言えば、ポートガス・D・エースも同調してそうだそうだと言うと『突然目の前で倒れたから、心配で着いてきただけだ』と言った。
だったら早く医務室から出ていってくれないかな、と思いつつポートガス・D・エースに視線を送れば、それを察知したのかくるりと背中を向けた。
『じゃあな。俺は帰るぜ』
早くこのホラーな状況を終わらさせたい私はどこへ帰るのかなんて質問はしない。
さようなら。と心のなかで合掌して見送るが、どうもポートガス・D・エースの様子がおかしい。
くるりとこちらを振り向いたポートガス・D・エースはポリポリと頭をかきながら『参ったな』と呟いた。
『なんかよくわかんねぇけど、俺これ以上はお前から離れ離れなんれぇみたいだ』
身体中の毛穴から嫌な汗がじわりと吹き出た。
信じたくない。
信じない。
そんなはなし。
嘘だ。
後生だから誰か冗談だと言ってよ。