08
08
私はクザン大将と老人の間に割り込み、肩から下げた鞄から封筒を取り出すと、それを老人の方へ見せつけるように差し出した。
それを見た老人は片方の眉を引き上げ、眼鏡を持ち上げると首を傾げながら、しげしげと封筒を眺めた。
「これは、ポートガス・D・エースからの手紙です」
「手紙?」
そう呟いた老人は私を疑わしげに見つめた。
「はい。インペルダウンからマリンフォードまでの護送中、不本意ながらもポートガス・D・エースと仲良くなってしまいまして。
このまま別れるのも忍びなかったので、誰かになにか伝えたいことはあるかと聞いたら、あると答えたので、オニグモ中将たちの目を盗みながら私が代筆したものです」
さすがにポートガス・D・エースの幽霊が成仏できずに私にとり憑いていて、成仏してもらうために言えなかった言葉を伝えるためにここまで来ました。なんてすっとんきょうな話を信じてもらえると思うほど、私はおめでたい頭はしていない。
そんな話よりもよっぽど現実的な話をこしらえ、ポートガス・D・エース立ち会いのもと、"マキノ"さんや"ダダン"さんへの手紙をしたためた訳だが、照れてしまったのかなんなのか、あのとき食べたチャーハンはうまかっただの、あのときの俺の取り分はもうちょっと多くても良かったと思う。など、どうでも良いようなことがつらつらと書きつらねてあるだけで、その手紙に内容はほとんどない。
老人の目が探るように私を見つめた後、視線はそんな事ばかりが書かれた手紙に移された。
「それが、これだと?」
「……あ、はい」
老人は私の手から手紙を抜き取ると、またしばらくそれを見つめた後に、少し乱暴な仕草で胸に抱いて強く握りしめた。
「……こんなものを寄越すくらいなら、生きた姿を見せに来てくれた方が、マキノはよっぽどよろこんだじゃろうに。そんなことも分からんあいつは大馬鹿者じゃ」
そう言って泣き始めた老人は、しばらくの間背中を丸め体を震わせ、溢れる涙を拭いもせずに流れるままにさせていた。
そうして泣いてる老人の傍らには、ポートガス・D・エースがそっと寄り添い、老人と一緒に涙をながして、小さな声でごめんなさいと呟いた。
老人は涙を拭い顔を上げ、こちらを見据えた。
相変わらず厳しい顔つきだが、泣いたせいで少し赤くなった目には、もはや怒りや憎しみは見当たらなかった。
「……来い。わしがマキノのところまで案内してやる」
背中を向けて歩き出した老人について歩けば、ポートガス・D・エースのいるであろう方向から鼻をすする音がした。
「ありがとうございます」
あまりあからさまに行動に移すと不審に思われるので、視線だけそちらへやると、ポートガス・D・エースは顔を涙やら鼻水やらでべちゃべちゃにさせながら、私に引きずられていた。
しかし、しばらくするとポートガス・D・エースは私の隣に並び、どうせ私しか聞き取れないので、その必要もないのにそっと私に耳打ちした。
『……なぁ、名前。村長にこんな俺みたいなガキの面倒をみてくれてありがとうって伝えてくれねぇか?』
突然ポートガス・D・エースにそんなことを言われ、何か自然な流れでその事を伝えられないかと、前を歩く老人の頭を見つめて考えた。
「……あの、ご老人?」
「なんじゃ」
「お名前をお伺いしても?……あ、申し遅れました。私、元海軍の名前と言います。
後ろを付いて歩いてるあの大きい男の人は、ご存知かと思いますが元海軍大将のクザン大将です」
老人は、一度歩みを止め、頭だけを動かし私とクザン大将を交互に見つめると、また前に向き直り歩き出した。
「……わしはウープ・スラップ。この町の村長をしておる」
「村長さん……あなたがそうだったんですか。ポートガス・D・エースが時々あなたの事を話してましたよ」
「……ふん。どうせ口うるさい年寄りがいるとかそんなもんだろう」
「ああ、いえ。小さい頃にお世話になった人だと言っていました。もし、会うことがあったら、面倒をみてくれてありがとう、と伝えて欲しいと言っていましたよ」
なかなか自然な流れではなかっただろうかと、自分で自分を誉めていると、ウープ氏は特に立ち止まることなもく歩き続け、ただそうかと小さく呟いた。
「……ついたぞ。マキノはここにおる」
ウープ氏は、何かのお店らしき外観の建物の前に立ち止まると、その扉を開き中に入ってしまった。
私とクザン大将もそれに続き中に入ると、明るい女性の声でいらっしゃませと迎えられた。
どうやらここは喫茶店らしく、料理や珈琲の臭いが私の鼻孔をくすぐった。
『おー!マキノ!ぜんぜん変わらねぇなぁ!』
さっきまで泣いていたのが嘘のように明るくそう言ったポートガス・D・エースは、カウンターの奥で何か調理をしている女性に近づいて行った。
この人がマキノさんというのかと思いつつ、カウンター席に座っていたウープ氏の隣のイスに座ると、一瞬ウープ氏と目が合い、仕方がないとでも言うように小さくため息をついた。
「マキノ、この人がお前に話があるそうだ」
ウープ氏は私から奪ったままだった手紙をマキノさんに差し出すと、マキノさんにお酒を注文した。
「私に?何かしら?」
マキノさんは注文されたお酒をグラスにつぎ、ウープ氏の前に置くと、カウンターに置かれたしわくちゃになった手紙を見つめ、私へと視線を移動させ、不思議そうに首をかしげた。
「その手紙はポートガス・D・エースからの手紙です」
マキノさんは大きく目を見開くと、ゆっくりと目を伏せてその手紙を食い入るように見つめた。
「……エースからの?」
私がさっきウープ氏にしたのと同じ説明をマキノさんにすると、マキノさんは涙に濡れた顔を上げて、ありがとうと私に言った。
なぜ、お礼を言われるのか分からず狼狽えるわたしに、マキノさんは「エースの言葉を伝えてくれて」と続けた。
お化け等の類いが苦手な私は、幽霊になって私にとり憑いてしまったポートガス・D・エースを成仏させたい一心でやっていることだったので、まさかお礼を言われるとは予想していなかっただけに、さらに狼狽えてしまうばかりだ。
そんな私を気に止めた様子もなく、マキノさんはポートガス・D・エースからの手紙を大切そうに開封して目を通すと、なにか面白いことが書いてあるわけでもないのに、笑顔を浮かべて、また大切そうに手紙を封筒にしまった。
私の横ではいつの間にか隣の席に腰かけたポートガス・D・エースが、照れ臭そうにマキノさんの様子を伺っている。
「……ふふふ。とても、エースらしい内容ね。ねえ、エースの手紙を届けてくれたお礼に何かおごらせてちょうだい」
「いえ、そんな悪いですよ」
「いいから、何かおごらせてちょうだい。そうだ、チャーハンなんてどうかしら?手紙にも美味しかったってかいてあるし、なんだか作りたい気分なの」
私の言葉なんてまるっと無視をして、料理を始めてしまったマキノさんを見つめながら、またポートガス・D・エースに体を乗っ取られるんじゃないかとどきどきしていると、隣に座るポートガス・D・エースが話しかけてきた。
『そんなに笑うような内容だったか?なあ、名前はどう思う?』
そう問われて私が代筆したポートガス・D・エースの手紙の内容を改めて思い出してみると、その大半が食べ物のことで埋め尽くされいたような気がする。
まあ、最期の言葉ともいえる手紙の内容が食べ物のことで大半を埋め尽くされていれば、笑うしかないだろうなと思う。
ポートガス・D・エースの質問に答えてあげたいのはやまやまだが、まさか人目がある場所で答えるわけにもいかない。
今ここで突然なんの脈絡もなくそんなことを話してしまえば、私は確実に変な目で見られることだろう。そんなのはごめんこうむりたいので、小さく肩をすくめて返事をするだけにとどめておいた。
それを目ざとく見つけたウープ氏が不思議そうな視線を寄越したが、笑顔で流しておいた。
そう言えば、この喫茶店に入った辺りからクザン大将が視界に入らないことに気づいた。
もしかして一緒にお店に入らなかったのかと思って、なんとなくお店をぐるりと見回せば、少し離れたテーブル席に誰かと向かい合って座っていた。
クザン大将と一緒のテーブル席に座っている人物は、大きな鉢植えに隠れてしまっているため、その姿を全て見ることは出来ないが、なんとなく見覚えがある気がする。
こちらの視線に気づいたクザン大将が私にヒラヒラと手を振ってくれた。
それに私も手を振って返していると、植木の陰に隠れていた人物が、ひょいっと顔を覗かせた。
その顔を見て、思わず背筋がのびた。
クザン大将と一緒のテーブルに座っていた人物はガープ元中将だったのだ。