それは違う!
(日吉夢)
最近ちょっと気になる人がいる。
『ちょっと気になる』と言ったが、別にそれは恋だの愛だのというようなロマンチックなものではないのを分かってもらいたい。
その人は私と同じクラスで、このマンモス校で絶大な人気を誇るテニス部の順レギュラーを務め、私の席の右斜め前の席の男子。名前を日吉若と言う。
別にテニス部に興味があるわけではない。
ほんとただちょっと、この日吉若という男子が気になるだけなのだ。
そもそも、テニス部は私にとって鬼門であるため、できることなら半径3メートル以上は近づきたく存在なのだ。
すれ違えば熱烈なファンの方々に弾き飛ばされ、話しかけられれば空から落ちてきた鳥のフンが肩に落ち、委員会で同じ仕事をしていた日には野球ボールが飛んできた。
そんな不幸ばかりを私にもたらすテニス部部員。私は彼らに近付かない方がいいと早々に悟った。
それがたとえ、準レギュラーの日吉若であったとしても、彼がテニス部に所属している限り、矢張り彼も私にとって鬼門には変わりないのだ。
その鬼門は、私の席の右斜め前ということもあり、私から半径3メートル以内にいる。
なにか私にとって悪いことが起こるのではないかと、もうずっとドキドキしている。
しかし、日吉若の方と言えば、なにやらおどろおどろしいイラストや写真が載っている本を顔をニヤニヤさせながら読んでいて、その姿が可愛いとクラスの女子の間でよく話題に上っている。
私にはその感性は到底理解できない。
その事を友人に言えばそれこそ理解できない。お前はおかしい。と言われてしまう始末だ。
いったい彼のどこがそこまで彼女達に魅力的に映るのか。
私なら断然鳳くんを選ぶのに、何故わざわざあんな怖くて不気味な雰囲気の日吉くんなのか。
いや、鳳くんがいいとは言ったが彼もテニス部なので近づきたくもかかわり合いにもなりたくないのだが。
そんなことを考えていると、日吉くんがこちらをくるりと振り向いた。
目が合う。
スッと細められる目が怖い。
あわてて次の授業のために用意していた教科書を開いて顔を隠した。
ガタリと椅子を引く音が耳に届いた。
嫌な予感しかしない。
ふっと私に影が射した。
嫌な予感が的中しそうだ。
「……おい」
すぐ上で声がしたがこれはきっと前の席の人に声をかけたのだと自分に言い聞かせた。
「おい、苗字」
私の名字を呼ばれた。
最早気のせいという逃げの言い訳は出来そうになかった。
そろりと教科書から目だけを出して覗くと、日吉くんが私の席の前で腕を組んで立っていた。
その顔は、彼の不機嫌さこれでもかと表現していて怖い。何かしただろうかと頭を必死に働かせるが、テニス部には話しかけない近付かないを心がけている私に、日吉くんがこんな表情を向ける理由が思い当たらない。
「さっきからずっと俺の事をみてるだろ」
確かに見てはいたが、後ろからの視線に果たして気付けるものなのか。日吉くんは 頭の後ろに目でもついているのだろうか?
「……ご……ごめん」
「まあ、見られることには慣れてるから構わない。だが鬱陶しい。で?何か俺に言うことがあるんだろう?」
「……ん?」
「早くしろ。次の授業が始まる」
いったい日吉くんは何の話しをしているのか。
私達の間に流れる空気を察してか、気付けばさっきまで騒がしかった教室が静かになっていた。
「……俺に告白する機会をうかがってたんだろ?返事は決まってるが聞いてやる。早く言え」
矢張、テニス部は私の鬼門だった。
勘違いも甚だしいが、教室は日吉くんの言葉を聞いて一気に騒がしくなった。
ヒューヒュー言ったり、ピーピーと口笛を鳴らしたりして、ヤジを飛ばす奴まで現れる始末だ。
相変わらず日吉くんは腕を組んで怖い顔をしている 。
別に私は告白をしようと思って見ていた訳ではないが、たとえ告白するにしても、こんな人目の多い場所で告白しようとする輩なんていないのではないのだろうか?
公開処刑とはまさにこんな状態のことだろう。
私の行動の何をどうすれば、そんなおめでたい発想になるのかはわからないが、今はとりあえず、どうして彼の高いプライドを傷付けず、それは勘違いであることを教えるかを真剣に考えなくてはならないだろう。
end