そんな理由
今、私の横で偉そうにふんぞり返っているのは、ぼんぼんの集まることで有名な氷帝学園に納める寄付金の、半分以上を納めていると噂の跡部財閥の可愛い一粒種の跡部景吾という男で、私と彼の関係は親同士の仲が良い幼なじみというやつだ。
やれ美技だ。やれ俺様だ。と何かと自己主張の激しく自己陶酔の塊であるこの男は何故か、小さい頃から何かと私に絡んでくる。
そんなに私にかまわなくても、この男の中学生らしからぬ容姿と財力と頭脳があれば、女なの子なんて蟻が甘い蜜に群がるかのごとくよってくるだろうに、何故かこの男は小さい頃から私を側に置こうとする。
こうして特に勉強が得意でも、字が綺麗なわけでもない私が、生徒会長である跡部景吾の書記として働く羽目になっているのも、この男の猛烈な推薦があったからに他ならない。
本当なら、景吾なんかよりも仲の良い涼太と一緒に家庭科部に入る予定だったのに、書記なんてものになってしまったせいで、日々山のように用意される仕事を処理するのに忙しすぎて、家庭科部との両立は難しいと判断した私は、泣く泣く家庭科部を諦めるしかなかった。
がっかりとした私を見下ろして、したり顔で笑ったやつの顔を私は絶対に忘れない。
そもそも、なぜヤツにこんな目に合わせられる羽目になったのか。
初めて景吾に会ったのはのは、まだ小学生になりたての頃で、夏休みにイギリスの別荘に遊びに行った時のことだった。
突然我が家の別荘に現れたそいつは凄く綺麗で、腹が立つくらい尊大な態度も見過ごしてしまう程、私はそいつに見惚れてしまっていた。
「この子誰?」
私が隣にいたお父さんにそう尋ねれば、お父さんは「この子は跡部景吾君だよ。お母さんとお父さんの友達の息子さんで…………。将来跡部財閥を背負うんだ。…………だから、失礼のないように仲良くしなさい。出来るね?」と言った。
その頃の私は、大人の事情なんて知らなかったし、気にも止めていなかったので、“背負う”とか“失礼のないように”とか“アトベザイバツ”とかもよく解らなかったが、とりあえず分かった振りをして「うん、任せて」と言った。
「初めまして、私は苗字名前よ。仲良くしましょうね」
そう言って彼に手を差し出したのに、彼はその手を握ろうともせずに『ふん』と鼻であしらうと、私に背を向けて奥の部屋に向かって歩き出した。
その時、私の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
気付けば、私は彼の背中に向かって蹴りを入れていた。
「何様だか知らないけど、初対面の人間と挨拶もできないようじゃあ、アトベザイバツとか言うのもたかが知れてるわね」
私は無様に前のめりに転けた景吾を見下しながらそう言うと、呆然とするお父さんを置いて自分の部屋へ向かって歩き出した。
「おい、待て」
「何か?初対面の挨拶もろくにできない跡部景吾君?」
「テメー…。よくもこの俺様に蹴りを入れやがったな?」
むくりと立ち上がった景吾は私に向かって走り出すと、私に一発入れようとしてきた。
でも、私だって無駄に武道を片っ端からやっているわけじゃない、私は景吾のそれを軽くいなすと、見事に返り討ちにしてやった。
「良い様ね」
私はまた地面と仲良くしている景吾を見下ろしてそう言うと、また部屋に向かって歩き出した。
その時私は凄く油断していたんだと思う。
生意気な奴を打ち負かしてやったんだ。
気分爽快とはまさにこのことで、私は鼻歌でも歌いたい気分で歩いていると、突然頭に激痛が走った。
一瞬何が起こったのか解らず、とりあえず頭を押さえれば「失礼のないようにと言っただろうが!!」と、お父さんの怒鳴り声が上から降って来た。
失礼?
一体いつ私が失礼な事をしたと言うんだ。
むしろ、失礼なのは挨拶もろくにしなかったあいつの方で、私を殴るのはお門違いと言うものだ。
「何でよ!普段挨拶はちゃんとしなさいって言ってるのに、なんでアイツは良いのよ!
むしろ失礼なのは私の挨拶を無視したアイツじゃない!
私は失礼な事なんて何にもしていないわ!」
私がそう言い返せば、お父さんは1つ大きなため息をつくと「だからって蹴ることはないだろう。おまけにお前は女の子なんだから、少しは慎みというものを覚えなさい」と言った。
正直、その頃の記憶は曖昧で、所々記憶が抜けている部分がある。
それでもこれだけ覚えていられるのは、それだけその時の出来事が忘れられないほどのインパクトを持っているのだろう。
そして思い出すだけでも腹のたってくる昔の出来事に、小さくため息をはくと、景吾がちらりとこちらに視線を寄越した。
「どうした?疲れたか?」
「別に。ただ昔の事を思い出してただけ」
「昔?」
「うん。どうして景吾が私を側に置きたがるのか分からなくて。もしかして初対面が原因かと思ったんだけど、原因になるような良い初対面じゃなかった」
「……おい」
書類から顔を上げて景吾の方をちらりと見ると、景吾の表情はなぜか険しく、綺麗な顔が台無しになっていた。
ちょっと怖かったので、そのまま景吾から机の上の書類に視線を移動させ、紙の上でペンを走らせた。
「なに?」
「忘れているようだから言ってやるが、俺とお前は親同士が決めた許嫁だ」
景吾の言葉に紙の上を滑らせるペンがピタリと止まった。
「幼なじみじゃなくて?」
「……ああ」
私は頭を抱えて小さく呻き声を漏らした。
end