彼女と幸村と告白
彼女と幸村と告白
私は今、立海大付属中学ではその名を知らない人はいないだろう人物。
“神の子”なんて凄い呼び名が付けられている、テニス部部長の幸村精市君から抱きしめられている。
なぜこんなことになったのか。
誰でも良い。私にも分かるように説明していただきたい。
そうは言っても、今この状況で説明出来る人なんていないので、自分で答えを出すしかない。
それは先生に頼まれて、嫌々ながらノートを教室まで運んでいるときだった。
学級委員でもない私になんで頼むんだよ。
なんてブチブチ文句を垂れながら、重いノート達を抱え階段を上っていた私は「好きです。付き合って下さい」と言う声を聞いた。
まあ、まず私が告白を受けることなんてあり得ないので、これは他の人への言葉だ。
おまけにこれは女の子の声。
残念ながら私にそっちの趣味はない。
それで顔を上げれば、私が目指す階の階段の途中で顔を真っ赤にした女子生徒と困った顔をした幸村精一その人が突っ立っていた。
そして、その女子生徒の周りにはその子の友達であろう女子生徒が3人ほどいる。
完全に階段を塞ぐ形で立っているこの子達に思うことは1つ。
ああ、邪魔だ。
告白するにも場所を考えていただきたい。
そんなことを考えた私の現在地は丁度階と階との間の踊場。
この重いノート達を抱えたまま階段を下り、また上るなんて面倒なことをする気には到底なれない。
そんなことを考えた私が、わざわざ気を利かせて回り道をするわけもなく、そのまま彼女達の間を突っ切ることにした。
「すみません。そこ、通りたいんですけど」
黙って通れば良かったかも知れない。
なんて考えたのはそう言った直ぐ後で、こっちを見た女子生徒Aの顔は更に赤くなり「あ、ごめんね」なんていいながら階段の端に移動した。
彼女の友人達からは、気を利かせなさいよ!なんて感じの視線をいただいた。
そうして問題が1つ。
階段の手すり側には幸村さんが立っている。
そして壁側には女子生徒Aとその友人達。
え?
私にこの間を通れと?
私も気が利かないが、この子達も十分気が利かない。
私は短く「いえ」と答えた後、腕に抱えたノートを持ち直し階段を上り始めた。
そうして丁度彼女達の間を通り過ぎようと言う時、腕を掴まれた。
は?
…え?
その拍子にノート達は私の手から滑り落ち、ほんの数冊を残して階段の踊場に散らばって行った。
ノートの間に挟んであったらしいプリントも出てしまっていて、踊場はとても残念な感じになってしまった。
ああ、拾わないとだ。
面倒だな。
なんて考えながら私の腕を掴んで離さない幸村さんをチラリと見れば、いい笑顔で私を見下ろしていた。
そしてノートを拾おうと思い階段を下りようとすれば、今度は物凄い強い力で引っ張られた。
その時、落とさずに済んでいた数冊のノートも落としてしまい、
あ
なんて思った時には幸村さんに抱きしめられていた。
これはもしかしなくてもアレだ。
巻き込まれた?
「ごめん、俺、この子と付き合ってるんだ」
そうして、やっぱり予想を裏切らないこの一言。
「…苗字さん。本当なの?」
そう聞いて来たのは、女子生徒Aの友人の1人だった。
確か同じクラスの浅井と言う名前の子だ。
新しいクラスになってまだ1週間と少ししか経っていない上に、私は他人にとんと興味がない。
未だにクラスメイト達の顔と名前を覚えていないのは仕方がないと言えよう。
「いいえ」
私は幸村さんに恋愛感情など一切ない。
加えって言うなら、私はショタコンではない。
まあ、見た目は確かに10代で、下手をすれば未だに小学生に間違われる。
しかし私の精神年齢は24才で、いくら彼の見た目がもう10代後半にしか見えないくても、彼はまだ13才。
お付き合いするなら年上と決めている私からしてみれば、彼はあまりにも幼すぎる。
あ、言い忘れていたが、私は3年前にこの“テニスの王子様”の世界にトリップした。
まあ、詳しい事は追々話すとして、とりあえずこの状況をどうにかしなければならない。
「本当に?」
そう聞いて来たのは女子生徒Aでも浅井さんでもなく名付けるならそう、女子生徒B。
兎に角、巡ってきた2度目の青い春。
それをわざわざ無駄な労力を使ってテニキャラとの接触を計り、うふふであははな世界を作り上げようなんてつもりは毛頭ない。
彼等の私への認識なんて、その辺に転がっている生徒AもしくはBくらいで十分だ。
日々のんびり穏やかに過ごせればそれで良い。
そんな風に考えている私に、彼を助る義理と人情なんて持ち合わせているはずがない。
「はい」
しかし、そう答えた瞬間、肩に物凄い圧力がかかった。
「ふふふ。
やだなー名前ったら照れるなよ」
幸村さんはそう良いながら私の頬を指でグリグリ押してきた。
どうやら彼は力加減を知らない様で、その指を容赦なく私の頬に突き刺してきて痛い。
そして頬以上に幸村さんに捕まれている肩が痛い。
気のせいでなければ私の肩はさっきからミシミシと音を上げている。
。
「俺たち、ラブラブだよな」
語尾に星のマークでも付きそうな位明るく笑顔で言った幸村さんの顔は、目が笑っていなくて非常に恐ろしかった。
「え、あー…」
「ね?」
なんて言う幸村さんの手には更に力が込められたみたいで、肩の痛みが更に増した。
「じゃあ…、はい」
自分の保身のために仕方なく頷けば、幸村さんは彼女達の方を向き「だからごめん。諦めてくれるかな?」とさっきよりも良い笑顔で言った。
「…そっか。じゃあ、仕方ないね。でもアタシ諦めないから!」
女生徒Aは意外とパワフルだ。
そう言って立ち去った女子生徒Aに続き他の3人の女子生徒達も立ち去って行った。
その立ち去り際に私をひと睨みするのも忘れない。
「ありがとう、助かったよ」
そう言って幸村さんはようやく私を放してくれた。
「いえ」
ああ、肩がヒリヒリジンジンする。
絶対に後残ったな。
後で確認しないとだ。
私は一度階段を下り、落としてしまったノートを拾っていると、幸村さんは手摺りに寄りかかり「ねぇ」と声をかけてきた。
ちなみに、この間に彼がノートを拾う素振りは一切見られなかった。
この中には彼のノートもあるんだが…。
というか、この惨状を作った彼が手伝わないのはなかなかおかしな話だ。
まあ、仕方がない。
何せ彼は魔王なのだから。
1人でそう結論付け、ノートを集めながら「何でしょう?」と返せば「苗字さんって変わってるね」と言われた。
「よく言われます」
褒め言葉でも無ければ、けなしている訳でもないこの言葉にはこれが一番良い。
ここで「いやいや、そんな事はないですよ」なんて言ってしまえば「いや、変わってるって」なんていう、いつ終わるとも知れない押し問答が続くのだ。
正直この押し問答は疲れるし面倒なので、スパンと断ち切ってしまうに限る。
「うん、やっぱり変わってる」
そう言って何が可笑しいのか、ふふふと笑った彼は矢張り、ノートを拾う気はさらさらないらしい。
「うわっ!
名前…っと幸村?」
そんな声と共に現れたのは1年の時も同じクラスだった生田龍一という私の数少ない、と言うか唯一の友人だ。
「なかなか帰ってこないから何をしてるのかと思えば。手伝ってやるよ。」
そう苦笑い混じりに言うと生田さんはノートを拾いだした。
「幸村もそんな所で突っ立ってないで手伝えよ」
生田さんがそう言うと、特に嫌がる様子も見せずに「ん」と言ってノートを拾い始めた幸村さんに、ああ、頼んでも良かったのか。
とぼんやりと考えた。
「それにしても、派手にぶちまけたな」
と生田さんは感心したように言った。
「ああ、ちょっと不慮の事故にあいまして」
「なんだそりゃ」
そう言って爽やかに笑った生田さんは、ちなみにテニス部員だったりする。
「よし、これで全部か?」
集められたノートは、授業で配られたプリント等が全部がごちゃ混ぜになった状態で、なかなか酷い事になっている。
どのプリントがどのノートに挟んであったかなど到底分かるはずもなく、クラスメートからブーイングを受けること請け合いだ。
だがまあ、気にしない方向で行こう。
文句を言われたら素直に落としましたと答えれば良いのだ。
「はい、多分」
そう言って立ち上がり、教室まで歩こうとすれば生田さんが「持ってやるよ。また落とすだろ?」と言って私の持っていたノートを取り上げた。
「……ありがとうございます」
そもそも、腕を捕まれたりなんかしなければノートを落とす事もなかったのだが、せっかく持ってくれると言っているのだ。
有り難く持ってもらおう。
それに断るのは失礼というもので、ノートを持たなくてもいいのならそれでいいではないか。
色々と理由を付けたが、何より私が楽なのでこれでいい。
「え?俺のも持ってくれるって?悪いね、ありがとう生田。それじゃあ、次の授業に遅れるから」
そして幸村さんは自分の集めたノートを生田さんに押しつけると急いで教室に帰って行った。
そのあまりにも素早い行動に私と生田さんは口をはさむ事すら出来ず、教室へ走り去る幸村さんを呆然と見ているしかなかった。
「…少し持ちますよ」
「ああ、悪い」
そうして歩き出せば、授業の始まるチャイムが学校中にに鳴り響いた。
「ゴーイングマイウェイですね」
私が苦笑い混じりにそう言えば、生田さんも同じように「ああ、ああいう奴なんだ」と苦笑い混じりに答えた。
「幸村さんのことはよく生田さんが話していたので知っていましたけど、まさかここまでとは…。
びっくりですね」
まあ、チャイムが鳴ったにも関わらず、急ぐこともせずに相変わらずちんたら歩いている私達も相当のゴーイングマイウェイだが、それは黙っていよう。