柳と幸村の悪戯
番外編
柳と幸村の悪戯
それは幸村の一言から始まった。
「ねぇ、柳、提案があるんだけどさ」
今日は幸村と弦一郎と俺の3人で食堂で昼食を取っていた。
弦一郎は委員会があるとかで先に食堂を出てしまい、俺と幸村の2人だけで、明日の氷帝との練習試合の組み合わせを考えているときだった。
そのいつもの穏やかな笑みの下でどんな腹黒いことを考えているのか。
少し興味を持ち「何だ?」と幸村に訪ねれば、幸村は「#name2#を明日の氷帝の練習試合の手伝いに来させる事って、出来ないかな?」と言った。
あの、面倒臭がりの#name1#がわざわざ休みの日の学校に、更に言えば肉体労働をするために来るとは思えないが、基本的には頼まれれば嫌と言わない#name1#だ。
何だかんだとしつこく頼めば引き受けてくれるだろう。
そのことを幸村に話せば、「へぇ、じゃあ、頼んでみようかな」と幸村は呟いた。
「ああ、そうだ。
それで#name2#が手伝いに来るのをOKしたらの話しなんだけどさ」
そう言ってテーブルに身を乗り出した幸村は#name1#が来たときのことを嬉々とした表情で話し出した。
その話を聞きながら自然と口角がつり上がるのが自分でもわかった。
「ふっ。面白い」
幸村の話を聞き終わり、俺がそう言えば、幸村は「面白いでしょ?」と相変わらずの表情で言った。
明日はどうなるか。
早くも楽しみで仕方なく、柄にもなく期待で胸を膨らませた。。
翌日、学校にやって来た#name1#を見て赤也や丸井達は酷く驚いた様子だった。
面倒臭そうにこちらに向かって歩いてくる#name1#の元に行き「神崎が幸村の話を受ける確率は90%だった」と#name1#に言えば、#name1#は苦笑いを浮かべた。
「で、神崎さんは何をしにわざわざ土曜日の学校まできたんッスか?」
#name1#の元に駆け寄った赤也がそう訪ねれば、#name1#は「今日1日だけ皆さんのマネージメントをするように幸村さんに言われたので、仕方なく来ました」と『仕方なく』の部分をあえて強調して言った。
しかし赤也にはその強調した部分など聞こえていなかった様で、その話を聞き終わると目を輝かせ「神崎さんが応援してくれるんッスか!俺、頑張るッス」と嬉しそうに言うと、テニスコートに走って行き、#name1#はと言えば、何だか納得行かない、という表情でテニスコートへ走って行く赤也を見つめていた。
大方、赤也に言葉がきちんと伝わらなかったのか不服なのだろう。
「お前、テニスのルール分かるのかよぃ」
「面倒臭がりのお前さんが、ちゃんと俺等のマネージャーをできるんか?」
そう丸井と仁王が不安気に聞くのも当然で、#name1#はスポーツには全く興味がないらしく、体育を主とするこの立海大付属では珍しい、文科系の部活に所属している数少ない人物の1人だ。
そんな#name1#だ。
当然のことながら体力は女子の平均値を下回っている。
「無理じゃないですか?」
#name1#がけろりとした表情で無責任にそう言えば、ジャッカルが「腹が痛くなってきたかも」と言って腹を押さえた。
「安心しろ。神崎には主にドリンク作り、ボールの用意などをしてもらう。
スコア付けなどのテニスに関わる事は生田がする」
俺がそう言い終わると、今回の幸村の話しに『面白そうだ』と言い乗って来た生田が「おはよう」と言いながら現れた。
それから体操服に着替えた#name1#に氷帝を校門までを迎えに行く様に言い、校門に向かった#name1#と入れ替わるようにして現れた弦一郎が「大丈夫なのか?」と#name1#の方をちらりと見ながら尋ねて来た。
「まあ、アイツってなんだかんだで結構器用だから大丈夫だと思うぜ?」
と生田は言うが、弦一郎は不安気な様子で「そうなのか?」と俺に尋ねてきた。
「すまない。#name1#のデータはあまり取っていないんだ」
俺がそう言えば、弦一郎は1年前に俺が#name1#を怒らせてしまったのを思い出した様で、「そうだったな」と気まずそうに言った。
「てかさ、真田。
これはチャンスだと思うんだ」
「チャンス?確かに今回の氷帝学園との練習試合は我々立海大にとっても」
「だー!違う!」
生田は弦一郎の台詞をそう言って途中で遮ると、「良いか?よく聞け。確かにそっちのチャンスもあるけど、俺の言いたいチャンスはそっちじゃない。#name2#との方のチャンスだ」と言った。
“#name2#”と言う単語に反応したのか、弦一郎の眉がぴくりと片方だけ動いた。
「#name1#?」
「ああ、そうだ#name2#だ。
クラスも別、部活も委員会も違う真田が#name2#と親密になるのは結構難しい。
この俺ですら未だに#name2#との間に壁を感じるんだから、真田の場合だと尚更だろう。
俺も友人として2人にはもっと仲良くなって欲しいと常日頃から思っている。
そこでだ、今日は真田と#name1#の仲をもっと親密にするチャンスだと俺は思うんだ」
そうまくしたてるようにして言う生田からはいつもの落ち着いた雰囲気はなく、逆に近所に1人はいるであろう世話好きな中年女性に近い押しの強さがあった。
「し…しかしだな」
生田に若干押されながらも弦一郎がそう口を開けば、生田がまたしても真田の言葉を遮り「しかしも何も、お前#name2#の事好きなんだろ?」と言った。
すると弦一郎は途端に顔を赤くさせ「なぜそれを」と呟く様に言った。
「んなもん、見てれば分かるだろ。
まあ、#name2#は全然気づいてないけどな。アイツ超鈍いし、俺等のことを全然異性として見てないんだよ。
この間なんて、アイツ平気な顔して俺の前で着替え始めるんだぜ?
ありえねーだろ?
それで注意したら『あ、すみません。生田さんもお年頃ですもんね』って言うんだぜ?
“お年頃”って何だよ。普通ここは“男の子”だろ?
この時、どれだけ自分が#name2#に異性として見られていないのかがよく分かった」
そう言った生田はどこか遠くを見つめると、哀愁を漂わせ自嘲気味に小さく笑った。
弦一郎といえば、生田の『異性として見てない』と言う発言が気になったのか、腕を曲げ伸ばしし力こぶを作り首をひねっていた。
俺としては他に気にすべき部分があった気がするが、とにかく弦一郎はそこが気になったらしい。
「そんな超鈍い#name2#と真田がもっと仲良くなるために、今日と言う日を利用しろ」
生田はそこまで言うと、俺をちらりと見て底意地の悪そうな笑みを浮かべると「まあ、どうすれば良いかは自分で考えろ。それじゃあ俺はドリンクでも作ってくるかなー」と言って、弦一郎の引き止める声も聞かずにその場を立ち去ってしまった。
そしてそろりとこちらを向いた弦一郎と目が合ったが、気のせいだったと言うことにして視線を反らし「さて、そろそろ氷帝が来るころだな」と明らかな棒読みで言うと、テニスコートに向かって歩いて行った。
これから弦一郎がどうやって#name1#と親しくなろうとするのか。
それをどうやって幸村や生田と一緒に邪魔してやろうか。
それを考えると楽しくて顔がにやけそうになり、隣を思案顔で歩く真田にバレないように顔のにやけを必死に抑えなければならなかった。
それから氷帝を引き連れてやって来た#name1#は、なぜか背中に芥川を背負い、左腕には向日がへばりついていた。
右側には忍足が妙な笑顔を#name1#に向けながら歩いている。
まあ、何となく予想はつくが、面白くないと思うのも事実で、それは隣にいる幸村も同じようで、幸村はぼそりと「俺の#name2#にベタベタさわるなよ」とその顔にいつもの笑顔を貼り付けて呟いた。
俺達に気付いた#name1#が芥川と向日を引き剥がし、俺達のところまで駆け寄って来た。
「氷帝学園の方々を連れてきました。次は何をしましょう?」
「そうだな。ドリンクを作ってくれ。場所は部室の横にある水洗い場だ。そこに行けば生田がいる。ドリンクの作り方は生田に聞くといい」
俺がそう言っている横では、幸村と跡部が握手を交わしており、笑顔の幸村に対し跡部の顔は苦悶の表情だ。
握り合った手からはミシミシと音が聞こえて来るが、気のせいだろうと言うことにしておいた。
「てめっ!…離しやがれ」
「ああ、ゴメンゴメン。つい、力がこもっちゃったみたいだね」
幸村はそう言うと跡部の手を離し、#name1#の方を向くと「#name2#も、今日1日よろしくね」と言って手を差し出した。
先程の幸村と跡部の握手を見ていた#name1#は、一瞬ためらった後「お役に立てるかどうかは分かりませんが、よろしくお願いします」と言って幸村の手を握った。
「うん、馬車馬の様にこき使ってやるから、頑張れ」
「馬車馬…。とりあえず、ドリンクを作りに行って来ます」
#name1#は顔を引きつらせ、そう言うと幸村の「行ってらっしゃい」と言う言葉に見送られて水洗い場に向かった。
「じゃあ、俺達はウォーミングアップでも始めようか」
幸村はそう言って羽織っていたジャージをベンチに置き、テニスコートに入った。
「さあ、そこの丸眼鏡。俺にギタギタにされるがいい」
幸村がそう言ってラケットを忍足に向けると、忍足は慌てた様子で「はっ?!ちょい待ち。ウォーミングアップやろ?めっちゃ試合する気満々やん!跡部も何か言うたってや」と言った。
「軽い打ち合いだろ?行って来いよ」
すっと目を反らしてそう言った跡部に忍足は「仲間を見捨てよった!」と言い、テニスコートに入った。
そんな忍足と幸村を置いて俺達はウォーミングアップを始め、終わった頃には爽やかな笑みを浮かべる幸村とグッタリと横たわる忍足の姿がテニスコートにはあった。
それから練習試合を始め、何試合か終えた頃に、#name1#がドリンクを作り終わったと報告してきた。
次は何をしたらいいかと聞く#name1#に、コートに落ちているボール拾いをするように頼めば、横着な#name1#は着ているTシャツの前を伸ばし、そこにボールを入れて集め出した。
#name1#のあまりくびれていない腰と白い腹がちらちらと見え隠れしている。
決して扇情的とは言い難いその姿に顔を赤らめる者が数名。
女性なのだから慎みをと呟く者が1名。
興味深気に見つめる者が数名。
集めたボールを俺と弦一郎の横にあるカゴに入れるために歩いてる来る#name1#は、ボールを落とさない様にして歩くのに集中しているため、顔を赤らめ咳払いを繰り返している弦一郎に気付いた様子はない。
「そう言えば弦一郎、忍足がウォーミングアップで息切れを起こしていたがどう思う?」
俺が#name1#に聞こえない大きさの声で弦一郎にそう問えば、弦一郎は俺の予想通り「ふん、たるんどる。日頃の鍛錬が足りんのだ」と言った。
弦一郎のその言葉が聞こえたのだろう、カゴにボールを入れ終わった#name1#が自分の腹を撫で肉を摘んだ。
その視線は弦一郎の腹に向けられており、弦一郎と目が合うと「どうもお見苦しい物をお見せして申し訳ありません」と#name1#は謝った。
何の事が分からず頭に疑問符を浮かべる弦一郎に#name1#は続けざまに「別に出ているわけではなかったので、まあいいや、と思っていたのですが、たるんでると思われて気分を害した様なので」と言った。
なぜ謝られたか理解した弦一郎は「は!?いやっ!」と慌てて否定しようとしていたのだが、後ろからひょっこりと現れた幸村が「真田は腹筋が6つに割れててボディービルダーみたいにムキムキの子がタイプなんだよ」と明らかな嘘を#name1#に吹き込んでしまっていた。
それを真に受けたのか、#name1#はしばらく考えた様子を見せた後「別に人の趣味をどうこう言うつもりはないので安心してください。見つかると良いですね。ムキムキの子が」と言うと、真田の手を取り「応援してます!」と言った。
「俺は#name2#みたいに軟らかい子が好きだから安心していいよ」
すかさずそう言った幸村に#name1#は苦笑いを浮かべ「女の子はみんな軟らかいと思いますよ。それと、何を安心すればいいのか分かりませんが、ありがとうございます」と言った。
「次は何をしましょう?」
隣で#name1#に握られた手を見つめ、複雑な表情をしている真田にはこの際触れないでおこう。
「そうだな。作ったドリンクをテーブルに設置し終わったら、平の部員達に10分休憩を取る様に言って来てくれ」
「はい、わかりました」
#name1#はそう返事をすると、俺達から離れて行き、その#name1#の後ろ姿を見つめながら幸村が「テニス部のマネージャーになってくれないかな?」とポツリと呟いた。
#name1#がボール拾いをしている間に休憩を終えた俺達は、練習試合を再開させることにした。
ふと辺りを見回せば、弦一郎と柳生の姿が見当たらない。
おおよその検討はつくが、とりあえず幸村に2人のいない事を告げると、幸村はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
しばらくすると、ゴロゴロと何かを転がしている様な音が聞こえ、何の音かと思い音のする方を向けば、どこから見つけたのか、台車にクーラーボックスを積んだ#name1#が歩いていた。
#name1#の両脇には真田と柳生が所在無さ気に歩いており、どこか落ち着かなさそうだ。
おそらく、次の試合まで時間のある2人は、#name1#が1人でドリンクを運ぶのは大変だろうと言う理由で、運ぶのを手伝いに行ったのだが、#name1#は台車という便利な道具を見つけ、おまけに自分と同じことを考えた奴と鉢合わせしてしまった。と言うところだろう。
「ぶっ!」
どうにも耐えきれなくなったらしく、隣にいた幸村が噴き出した。
「#name2#ってさ、鈍い上に本当に空気読めないよね」
幸村はそう言うと、肩を揺らしながら笑った。
「おい、幸村。次は俺様とだぜ。俺様は忍足の様には行かねーぜ。覚悟しな」
「ふふふ。俺は誰が相手でも負けないよ」
「はっ。勝つのは俺様だ」
「俺だよ」
火花を散らしながらテニスコートに入った2人を全く気にした様子もなく、弦一郎と柳生は黙々とクーラーボックスを台車から下ろしている。
それをぼんやりとした表情で眺めていた#name1#は、下ろし終わったのを見計らい、2人に丁寧に頭を下げると、今まで聞いたことのない程の大きな声で#name1#は、部員達に休憩時間を知らせた。
「#name2#もあんな声出せるんだね」
その声に反応して後ろを向けば、うっすらと汗をかいた幸村が驚いた様子で#name1#を見ていた。
「試合は終わったのか?」
俺が幸村にそう問えば、幸村は笑顔で「終わったよ。勿論俺の勝ちで」と答えた。
1年の時から氷帝学園テニス部の部長を勤め上げてきた跡部に、うっすらと汗をかいた程度で勝つとは、流石は幸村と言ったところか。
ふと跡部を見れば、酷く悔しそうな様子で部員達と話している#name1#にずんずんと近付いて行くと、跡部は#name1#の頭を掴んだ。
何を話しているのか、会話の内容までは聞こえてこないが、掴まれた頭が痛いらしく#name1#は跡部の腕を引っ張り手を外そうとしていた。
さっきまで#name1#の近くにいた弦一郎と柳生は今は試合の最中で、俺はと言えば助けに行く気は全くなく、ただの傍観者に徹することにした。
しばらくして終わったそのやり取りの後、#name1#はボトルの入ったクーラーボックスを台車に乗せて水場まで戻って行った。
何かあったようで何もなかったような練習試合も午後には終わり、最近実力を伸ばしてきている氷帝との試合は、お互いにとってなかなか実りあるものだった。
そして何よりも、見ていて面白い程空回りする弦一郎はなかなかの見ものだった。
#name1#は意外と仕事の出来る奴だったようで、普段のゆっくりとした動作や言動からは想像出来ないほどテキパキと仕事をこなしてしまったために、弦一郎の出番は大してなく、弦一郎が#name1#を手伝いに行けば「もう終わりましたよ」と言われすごすごと戻ってくるのと言う有り様だった。
幸村も#name1#の働きぶりは意外だったらしくずいぶんと驚いていた。
「#name1#さんって意外とできる人なんっすね」
部室で着替えを済ませていると、赤也がぼんやりと呟く様に言った。
「テニス部のマネージャーとかやってくれないっすかね」
そう続けてそう言った赤也に対し、仁王と丸井が「あの面倒臭がりがやるわけがない」と声を揃えて言った。
「じゃあ、無理矢理入れようか」
そう言ったのは幸村で、幸村ならどんな手を使ってでもやり遂げてしまいそうな気がして恐ろしい。
「幸村君、いくら何でも無理矢理はよろしくありませんよ」
着替え終わった柳生がいつもの眼鏡を上げる動作をしながら言えば、幸村は「言ってみただけだよ」と言った。
そして着替え終わり、部室の鍵を幸村が閉めた時、ふと思い出したようにジャッカルが「そう言えば真田は?」と言った。
「弦一郎ならほら、あそこだ」
そう言って俺が指差した場所には、#name1#と一緒にネットを片している弦一郎の姿があった。
弦一郎は心なしか嬉しそうだ。
「は?え!?幸村、お前さっき部室の鍵しめたよな?」
弦一郎と幸村を何度も見比べ、慌てた様子でそう言ったジャッカルに幸村は「うん、そうだね」と言い、部室の鍵を鞄の中にしまってしまった。
#name1#の鞄は女子更衣室にあるため大丈夫だろうが、弦一郎の鞄はまだ部室にあり、おまけにまだ着替えてすらいない。
幸村は弦一郎をどうするつもりか。
「真田ー!俺達先に帰るねー!
#name2#、バイバーイ!
……さ、帰ろうか」
幸村はそう言うと、校門までの道のりをスキップでもしそうな勢いで歩きだし、そんな幸村に、鍵を閉めても大丈夫かと問う者は誰もいなかった。
弦一郎、すまない。
俺は心の中でそっと謝ると、幸村に続き歩き出した。