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ちゃぷちゃぷと耳のすぐ近くから水の音がきこえる。
その水音を遠くに感じながら、私の意識はゆっくりと浮上していた。
体の揺れる感覚と、その水音に、おや?と思いぱちりと瞼を開けば、目に痛いくらいの青い空が目に写った。
寝起きでぼんやりとした頭で昨日の事を思い出すが、こんな青い空を拝めるような状態で眠りについた覚えがないので、いくら冷静になろうとも頭は混乱するばかりだ。
上体を起こし、辺りを見回せば、今自分が小さなボートに乗せられ、海の上にいることだけは把握した。
ここは一体どこだ。そもそも、なぜ私は海にいるのか。拉致?誘拐?寝ぼけた?夢遊病?え、意味わかんない。
なぜ自分がこんな所にいるのか考えることが面倒になり、その問題を早々に放棄した私は、さっきから異様な存在感を放つ奇妙な物体に視線を注いだ。
ぐるぐると渦を巻いた模様が特徴的なフルーツのようなオブジェ。まるで某海賊漫画に出てくる悪魔の実のようだ。
毒でもありそうなその見た目に反して、さっきから私の鼻腔をくすぐるのは驚くほど甘い美味しそうな香りだ。
その香りに釣られるようにしてお腹が鳴った。
そう言えば、昨日のお昼から何も食べていなかったことを思い出し、余計に増した空腹感に耐えきれるはずもなく、私はその奇妙なオブジェを手に取り一口かじってみた。
その甘い匂いに反してなんとも言えない味だった。不味くもなければ特に美味しいというわけでもない。甘いのかと聞かれれば微妙だし、じゃあ苦いのかと聞かれれば、それも違う気がする。だというのに、口から鼻に抜けるにおいは甘く豊潤な香りなのだ。
まあ、食べられない味ではないので、不思議な味の食べ物だななんて思いながら、その食べ物の最後の一口を飲み込むと、ぐんっと急に視線が高くなった。
「わわっ!」
私が驚いて声をあげるのとほぼ同じくらいのタイミングで、ミシミシバキバキという音が私のすぐ下から聞こえて、え?と思って下を見れば、私が乗っていたボートがどんどん小さくなっていて、慌てて足を上げるが間に合わず、小さくなったボートはただの木屑とかしてしまった。
あーあ。なんて思って木屑とかしたボートを見つめる間もなく、私の視線は自分の体に注がれる。
まず手、蹄である。
次いで足、蹄である。
腕、太股、四本足で歩く動物の様な形をしている。
胴体、しろい。
尻尾がある。
背中、白くて長いたてがみが優雅に海風に揺れている。
顔は自分では確認しようがないので、海にできた影を見ればなんだか縦長な様な気がする。
ついでに言えば、その縦長の影から一本細長いものが飛び出ている。これはいったいなんだ。
混乱するばかりの現状にさらに追い討ちをかけるようにふとあることに気付く。
あれ?私浮いてない?
え?なにこれどういうこと?
パニックになった私は無意味にその場をぐるぐると回りだした。
気付いたら海にいるわ、空腹という生物の本能に任せて変なものを食べればなんだかよくわからないが獣の姿になっているようだし、宙に浮いてるし、これはいったいなんだ。どういうことだ。なにがおこった。
『獣の王の実を食べたのでしょう?』
突然どこからともなく聞こえた声にぐるぐると回っていた体をぴたりととめた。
『獣の王の実?』
そこまで言って私は思わず自分の口を押さえた。
確かに私は“獣の王の実”と言ったはずだし、私の頭もそう言ったと解釈しているのに、耳に届いたのは言葉ではなくて、ケーンとかヒューンとか、なんと表現していいのか分からないがそんな感じの動物の鳴き声の様なものだった。
『ふふふ、まだ混乱しているようですね』
大きな水音をたてて現れたのは、某海賊漫画に出てきそうなビジュアルをした大きな生き物だった。
『ええ、とても』
そんな大きな生き物に対して怯えることもなく返答出来たのは、少なからずこの生き物が私に対して友好的であり、私を襲うはずかないという妙な自信があったからに他ならない。




『人はその実を“悪魔の実”と言うけれど、あなたの食べたのは少し特殊な“悪魔の実”なの』
『“悪魔の実”?』
“悪魔の実”なんて、それじゃあますます某海賊漫画の世界のようではないか。
『そう。取り合えず島の近くまで案内するわ、そのまま空を飛ぶのも疲れるでしょうから私の頭に乗るといいわ』
『頭に…』
混乱する頭でなんとかこの生き物の言っている事を理解するも、今の私とこの生き物のサイズはほぼ同じくらいなので、頭に乗るなんて芸当は到底出来そうにない。
『人の姿を思い出せないの?』
そんなはずはない。毎日見て動かしてきた自分の体だ。思い出せないなんてことがあるはずかない。
そう思って首を左右に降ると、目の前の生き物がみるみると大きくなり、さっきまで獣の形をしていた私の体のパーツが見知った人のパーツへと変化していった。
そうしてあることに気付く。
どうやら獣の姿になったときに私の着ていた服はビリビリに破れてしまったらしく、私は今素っ裸だ。
恥ずかしくて前の部分を隠すがここは海の上、通りかかる人もいなければ、私のこの姿を見とがめる人もいない。
いるのはこの目の前にいる大きな生き物だけである。
羞恥心こそあるものの、それなら気にするだけ馬鹿馬鹿しいような気がしたので、相変わらず宙に浮いたままの体をゆっくりと動かして「失礼します」と言ってそっとその生き物の頭に乗った。
海から上がったばかりだと言うのにその生き物の体毛は濡れておらず、長い毛足が私の体をすっぽりと包んだ。
これなら今私が裸であるという事実を少しは忘れていられそうだと思いながら、その場にゆっくりと腰を下ろした。
「えっと……。それでその特殊な“悪魔の実”というのは?」
『あなたが食べたのは幻獸種の悪魔の実で麒麟の実なのよ。悪魔の実だから食べれば当然海に嫌われてしまうけど 、その実を食べた瞬間からあなたは私達獣の王になったの。伝説や言い伝えで言われているようにね』
ゆっくりと進みながらそう言ったその生き物は、ここまでは分かる?と言うように一旦そこで話を切った。
分かるもなにも、最初の話から私のキャパをとっくに越えていたので、最早頭がついていかない状態である。
「……取り合えず、お名前お伺いしても良いですか?私は 名前 苗字 と言います」
私のその言葉に生き物は可笑しそうに体を揺らすと『ルルよ』と答えてくれた。

「ルルさん……たいへん申し訳ないのですが、またもう一度説明をしていただいても良いですか?」
『ふふふ、それが王の頼みなら何度だって良いわよ』
そういって私が理解するまでルルさんは何度も同じ説明をしてくれた。
そして何とかルルさんの説明を理解した今、決して認めないわけにはいかない事実がある。
それはどうやら、私は気付いたらあの超人気な漫画ワンピースの世界にトリップしてしまったようだという事だ。
“獣の王になった”とか“悪魔の実を食べた”と同じくらい非現実極まりない出来事に私は頭を抱えるしかない。
そりゃ、私だってワンピースは好きだ。しかしそれはときどき週刊誌をコンビニで立ち読みしたり、他の作品の二次創作を見るついでに見てみたりする程度の“好き”である。
おまけに私の中にある少ないワンピースの情報を引っ張り出してみると、"この世界は随分と治安が悪い"という情報が出てくるのだ。
そりゃ、海賊がいるような世界だから治安が悪いのもうなずけるが、貴族や奴隷がいたりとこの世界にははっきりとした身分差別があった気がする。
そんな世界に、戦いかたも己の身の守りかたも知らない女がぽんっと放り出されたのだ。
おまけについさっき食べた“悪魔の実”は恐らく、そういった類いのことには向いていない気がするのだ。
不安と恐怖で今更ながら体が震えてくる。
『もし王に何かあれば、私達獣が全力で助けるわ』
私の怯えに気づいたルルさんが言った言葉に少し安心するこができた。主人公達に倒され食されていようとも、ルルさんはこの世界では結構強い生物の部類に入る海王類の仲間である。
その生物の言うことだ。こんなに心強いことはない。




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