さよならまたこんど
さよならまたこんど
それは山下がルルという海王類によって、白ひげ海賊団の元からトーマスの元まで連れて帰らされ、これから起こる未来を変えるために身につけた能力でいつものようにフータにその能力を使った後の事だった。
相変わらずのフータの愚痴を聞き流していると、どうも海辺の辺りが騒がしいと気付き、どうしたのかと辺りの獣たちに問えば、人間が侵入してきたとの事だった。
人がトーマスの背に乗り込むとは珍しい事もあるものだと思いながら、山下がその人間のいる気配のする場所に向かえば、アイマスクをした背の高い男が立っていた。
ログもない、常に動いているトーマスにどうやってたどり着いたのだろうかと不思議に思いながら、その男の周りをぐるりと回ってみれば、男はどうやら寝ているらしい。
男の正面に移動し、どうしたものかと山下が男を見上げていると、男の体が突然びくりとはねた。突然のことに驚き山下の体も釣られてはねている間に、さっきまで眠っていたはずの男がゆっくりと動き、目に被せていたアイマスクを額にずらせば、男の気だるそうな視線と山下の視線がぱりちと合う。どこかでみた顔だなと山下が思っていると、男は面倒そうに頭をかき、「まあ、保護しない訳にはいかねぇわな」と呟いた。
いったい男がなんと呟いたのかわからず、山下が男をキョトンと見上げていると、大きな手がのびてきてまるで荷物のように抱えあげられてしまった。
それに驚いて暴れる山下を意に介さず歩きだした男は「まあ、そう暴れないでよ。おじさんこう見えても海軍の人間でね、クザンって言うんだ。お嬢ちゃんあれでしょ?遭難したんだろ?海軍が保護してやるから安心しなよ」と言った。
山下はクザンと名乗った男に、別に遭難したわけではないと伝えたが、動物達と話すときの癖でつい思念で会話をしてしまっているため、クザンにその訴えは届かず、あれよあれよと言う間に自転車のかごに入れられ、そのまま海に出てしまった。
━━━━━━━━━
クザンがその島を見付けたのは偶然だった。
いつものように苦手な事務仕事から逃げ出して、自転車であてどもなく進んでいると、小さな島が遠くに見えた。
いくらクザンが海軍の大将と言えど、グランドライン上にいくつも存在する小さな島々がどこにどう存在するのか、なんてことまで細かく把握している訳ではない。しかし、マリンフォードからさほど遠い場所にある訳でもない島くらいならある程度は把握しているつもりだった。
クザンは遠くに見えるその島を見つめて首をひねった。
地図なんて持ち歩いていないので完全に己の記憶のみになってしまうが、あんなところに島は無かったように思う。
最近できた島のようではなく、遠目からでもわかる程にその島は豊かな緑でおおわれていて、近付くほどに響いてくる鳥や虫の鳴き声にその島の生態系の豊かさがうかがえる。
足を踏み入れてみれば、靴底から草を踏む柔らかい感覚がした。今が食べ頃だと言わんばかりに瑞々しくたわわに実った果実を1つもいでかぶりついてみれば、果物特有の甘味と酸味で口の中が満たされた。
「……うん…これは……なかなか…」
そう独りごちて 指に垂れた果汁を舐めとると、がさりという音とともに木の影から兎が現れ、クザンの姿を確認すると逃げるようにまた木の影に隠れてしまった。
クザンは改めて辺りを見回して、もしかしたらこの島は船乗りの間で語られているプシュケー島という島なのかもしれないと考えた。
長年船乗りをしていても滅多に遭遇することはないというその島は、木の実や果実が豊富に成り、それに比例するかのように豊かな生態系が特徴だ。海流に流されて漂っている訳ではないようで、あるときは小さな村がある島の近くで姿を表したかと思うと、翌日にはもうその島の姿は無かったり、カームベルトを漂うように移動していたという記録を何かでちらりと読んだ気がする。
クザンは腕にはめたログポースを見て、相変わらず指す方向が変わらない事から、どうやらこの島にはログがないようだと判断した。
辺りを見回し、危険はないようだと判断すると、額のアイマスクを目の位置までずらし、自転車を漕いだ疲れを癒すために眠りにつくことにした。
何かが自分の周りをうろつく気配に、クザンの意識はゆっくりと浮上していった。目覚めたクザンが目にしていたアイマスクをずらせば、小さな女の子が自分を不思議そうに見上げていた。
珍しい白い髪の毛に驚きはしたものの、その衣服が汚れていることから、おそらく船が難破したかどうかしてこの島に運良く流れ付いたのだろう。
いくら面倒臭がりと言われていて、己でもそれを自覚しているクザンでも、さすがにこうして目の前に現れた遭難者であろう小さな女の子を『面倒だから』と言って見て見ぬふりをすることはしない。
「まあ、保護しない訳にはいかねぇわな」
相変わらず自分を見つめる少女をクザンは抱えあげると、何をするんだと言わんばかりに少女は足をばたつかせ始めた少女を落ち着かせようと自分の身分を名乗るが、どうやら言葉を理解していないらしく、相変わらず足をばたつかせる少女をここまで乗ってきた自転車のかごに押し込み島を出ることにした。
島を出てしまえば、自分が保護されたことを理解したのか大人しくなった少女をそのまま海軍本部のあるマリンフォードに連れて帰れば、黄猿ことボルサリーノがクザンを出迎え「今回はずいぶんと早かったじゃないのォ〜」と嫌味とも取れる台詞をはいた。
「いや、まあ……」
「ところでどうしたのォ〜?その子〜」
曖昧に返事をするクザンを気にした様子もなく視線をクザンが脇に抱えているものに移したボルサリーノは、視線を合わせるように屈み、その顔をのぞきこんだ。
「オォ〜……。可愛い女の子じゃないのォ。ずいぶんと珍しい髪の色だねぇ〜」
クザンに大人しく抱えられている少女の髪を梳いたボルサリーノは、「でェ〜?どこから拐ってきたのォ〜?」ととんでもないことを言い出した。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。たまたま見付けた島に一人でいたから保護したんだよ。保・護」
「お嬢ちゃん、名前はなんていうのォ〜」
クザンの説明などまるっと無視をして、ボルサリーノは少女に話しかけるが、少女はきょとりとした表情でボルサリーノを見つめたまま答える様子がない。
その様子を不思議に思ったボルサリーノがクザンに視線を寄越すが、クザンもなんと答えればいいのかわからず肩をすくめるしかない。
「オォ〜。おじさん、こう見えて海軍の大将やっててねェ、ボルサリーノっていうんだよォ〜。別にお嬢ちゃんをとって食おうっていう訳じゃないからァ、怖がらなくていいんだよォ〜」
己の事をそう説明するボルサリーノに少女には"分かった"と返事をするように頷いた。
「じゃあァ、お嬢ちゃんの名前、教えてくれるかなァ?」
ボルサリーノのその言葉に少女は先ほどと同じように 頷くが、いくら待っても答える様子がない。一体どうしたのだろうかと首をかしげるクザンとボルサリーノに、少女も同じように首をかしげた。
「……あっ……そっか……」
それから間もなく、自分の口に手を当ててそう呟いた少女は二人を見上げると「山下です」と答えた。
「そっかァ〜。山下ちゃんって言うんだねェ。お父さんとお母さんはどこか言えるかなァ〜?」
少女はしばらく考える素振りを見せたあと首を左右にひねって「会えないです」と答えた。
どうやら、山下の両親はもうこの世にいないらしい、と解釈したボルサリーノは「そっかァ」と答え、屈めていた体をもとに戻し、クザンに向き直ると「それじゃァ、わっしは山下ちゃんと遊んでるからァ、クザンは山下ちゃんを保護した報告書類を作ってきなよォ〜」と言った。
どうやら山下を気に入ったらしいボルサリーノは、クザンの脇に抱えられた山下を引っ張り出し抱っこをすると、行ってらっしゃいと笑顔で手を振ってみせた。
━━━━━━━
面倒だ、帰って来るんじゃなかった。などとぶつぶつと文句を言いながら去っていくクザンを見送ったボルサリーノは、山下と名乗った少女の身なりを見た。
服こそ汚れているものの、別段垢にまみれてい訳ではないので綺麗ではあるのだが、とりあえず風呂に入れておくにこしたことはない。
「ん〜…。まぁ、先ずはお風呂かねェ〜」
ボルサリーノのその言葉に、自分の体の臭いを嗅いだ山下に「オォ〜。ごめんよォ〜。別に匂うとかじゃなくてねェ、クザンに連れて来られたならァ、自転車に乗って海を渡って来ただろォ〜?それで潮風に当たって体かべたべたするだろうからァ、スッキリしてもらおうと思ったんだよォ〜」と、ボルサリーノが説明すれば、納得したのか山下はコクリと頷いた。
山下を風呂に入れるのは良いが、まさか自分がこの少女を風呂に入れるわけには行かない、と思い至ったボルサリーノは、頭につるの姿を思い浮かべて、つるがいるであろう執務室に足を向けた。
ボルサリーノは、目的の部屋の扉の前に来ると扉をノックした。
「おつるさんいるゥ〜?」
ボルサリーノが返事を聞かずに扉を開ければ、ガープとセンゴクが仲良く一緒にお茶をしていて、目的のつるはあきれた顔でこちらを見ていた。
「普通、ノックをしたら返事を聞いてから扉を開けるモンなんだけどねぇ。で?どうしたんだい?その子供」
「オォ〜。ごめんなさいねェ、てっきりもう返事をしたのかと思ってたよォ〜」
ボルサリーノはわざとらしくそううそぶくと、抱っこしていた山下を地面に下ろし、こっちに来いと手招きしているガープの方へ行くように押しやった。
「クザンが拾って来たんだよォ。報告書を書く間クザンの隣にいたって暇だろうからねェ、わっしが預かってきたんだよォ〜。
それでェ、おつるさんに山下ちゃんをお風呂に入れてもらおうと思ってねェ〜」
ガープから差し出された煎餅を受け取った山下は、さっそくそれを口に入れるが、どうやら堅くて歯が立たないらしく、なかなか噛み砕けず苦戦している様子を眺めながらそう答えたボルサリーノに、センゴクは「あいつはまた執務が嫌で逃げ出したのか」と呆れ半分憤り半分といった様子で呟いた。
「……仕方ないねぇ」
おつるはそう呟くと、山下を手招きし、部屋の奥へと行ってしまった。
━━━━━━
サカズキが遠征から戻って、報告書を書くために自分の執務室に向かっているときの事だった。
ふと、見慣れない光景が目には入り思わず足を止めた。
渡り廊下の手すりに腰掛け、白い髪を風になびかせているその姿に、最初、サカズキはその人物がつる中将かと思った。
着ているワンピースは、つる中将が着ていたのを以前1度だけみたことがあったし、ここからつる中将の執務室までは案外近い。別につる中将がこの辺りを歩いていたってなにもおかしくはないが、しかし、よく見ればそのワンピースはその人物にはやや大きいようだし、そもそも、今の時間は王下七武海を召集して会議の真っ只中のはずで、それに参加しているつる中将がこんなところにいるはずがないのである。
サカズキが近づいてその姿を確認すれば、それは小さな少女で、横にある柱に体を預け、無防備に眠っているその手には、バラバラになった煎餅がのせられており、どこからか飛んできた小鳥がそれをついばんでいた。
まるで現実味のないその光景に、サカズキは現実であることを確かめようと手をのばせば、少女の目がぱりちと開かれた。
突然目の前に現れたサカズキに驚いたのか、少女はびくりと体を震わせ、のけ反らせた勢いで後ろに倒れそうになったのを慌ててサカズキが手を伸ばして受け止めれば、お互いの視線がぱりちと合う。
そのままお互い言葉を発さずしばらく時間が経ち、二人の間をそよ風が通りすぎた。サカズキが咳払いをして、少女を元の体勢に戻すと、少女はありがとございますとでも言ったつもりなのかペコリと頭を下げた。
「……こんなところで寝とったら、風邪をひくし危ないじゃろうが。どこから来た……」
家まで送ってやると言いかけたところで、己の名前を呼ばれたサカズキは、そちらに向き直ると、部下がこちらに敬礼をしていた。
「遠征から帰ったばかりでお疲れのところ申し訳ございません!ただ今、マリンフォードの港上空にて、白い鹿が暴れまわっており、どうやら悪魔の実の能力者のようで大砲も効かず、我々では対処のしようがないので、サカズキ大将のお力を貸していただきたいのですが」
「クザンとボルサリーノはどうしたんじゃ」
「はっ!クザン大将は今日保護した人物が見当たらないとこでそれどころではないとのことで、ボルサリーノ大将はお姿が見当たりません!」
部下のその言葉に、思わずサカズキは頭を抱え「分かった」とため息混じりに返事をして、案内する部下の後に着いて歩いた。
サカズキが歩くその後に着いてくるペタペタという足音に振り向けば、先程の少女が自分を見上げながら後ろを着いて来ていた。
「危ないから、着いてくるんじゃない」
サカズキが睨みをきかせてそう言うが、少女はそれを気にした様子もなく、足音をペタペタと響かせて自分の後に着いて走る少女に、サカズキは「どうなってもわしは知らんぞ」と呟くと、前に向き直って歩みを進めた。
━━━━━━━━
"暴れまわっている白い鹿"という単語に山下はぴくりと反応した。
どうやら、今日の修行は失敗したらしく、フータの能力は半日しか閉じ込めておけなかったようだ。
道理でさっきから頭にフータの声が響いているはずだと山下が思っていると、目の前のこの赤いスーツを着こんだ人物がフータを討伐しに行くというような内容の会話を別の男性としていて、そんなことをされてはたまらないと山下はその人物の後に着いていくことにした。
途中、危ないから着いて来るな、と 赤いスーツの男に 一睨みされたが、それを見なかったふりをして後に着いて歩けば、「どうなっても知らんぞ」と呟きを寄越された。
白い鹿が暴れているという場所に山下が着いてみれば、確かにそれはフータで、王を返せ、どこに隠した、人間風情が、と訴えながら暴れまわっているが、勿論人間にフータの言葉などわかるわけもなく、ただの暴れる危険な白い鹿という認識しか持たれていない。
フータの元に行き、暴れまわるのを止めさせようとするが、赤いスーツを着た男に腕を掴まれ阻まれてしまい、困っていると、それを目にしたフータが(人間風情が我らの王に触れるとは何事だ!)と怒り、その人物の腕をその能力で切り落としてしまった。
思いがけない出来事に山下は青くなるが、腕を落とされた本人は気にした様子もなく、一言唸り声を上げると、腕を血とは別のもので赤くさせ、切り落とされたはずの腕を再生させてしまった。
そのすきにフータは山下をその能力で宙に浮かせ、己の背中に乗せると(王、怪我はないか?)と問い、それに山下か頷いて返事をすると、さっさとその場から飛びさってしまった。
フータが飛び去る直前に、遠くの町の方で己の事を驚いた表情で見上げるボルサリーノとクザンをみた気がして山下はさようならまたねとそちらに向けて手を振った。
end