イゾウ、思い立つ

イゾウ、思い立つ

それは、いつものように昼食を食べ終えたときの出来事だった。
甲板の隅にしゃがんで頭を突きあわせているクルー達に、何をしているのかと不思議に思い、近づいて上から覗いてみれば、その手には1冊の本が握られていた。
「何してんだ?」
「おう、イゾウか」
顔を上げたクルーはそう言うと、ちらりとティーチと遊んでいる山下に視線を送った。
夏島が近いせいか、暑くなってきた甲板で、掃除と言う名の水遊びに興じていた二人は今、うっかりサッチに水を浴びせかけてしまい、その見事にきまったリーゼントを崩し、怒ったサッチに追いかけまわされているところだ。
「山下がどうかしたのか?」
そのクルー達がが見ていた本と、山下がどう関係あるのか分からずそう尋ねれば、本を持っていたクルーがその本の表紙を見せてきた。
ファンシーなタッチで、10にも満たないような女の子のイラストの書かれた表紙には『女の子の育てかた〜0才から6才〜』と書かれていた。
「やっぱりさ、こういうのも必要だろ?」
「ほら、こういう男所帯で育って山下がちゃんと女の子らしく育ってくれるか心配でさ」
「礼儀のひとつもなってない野郎共ばっかりだからなぁ」
確かに、子育てをする上でそういった本を参考にするのはいいだろう。しかし、その表紙に書かれている年齢を確実に過ぎているであろう山下に、そこに書かれている育児方法を実施するのはどうかと思うし、そもそも、子育てをするのに育児の本を買ってどうすると言うのか。いったい何を参考にするつもりでその本をわざわざ買ったのか。
聞きたいことは山のようにあるが、とりあえず、「山下の年齢はそこに書いてあるような年齢よりはもう少し上だとおもうぞ」と伝えておくことにした。
「ん?そうか?だいたいこのくらいの年だろう?」
「いや、確かに体は小さいが、それなりに落ち着きもあって意志もはっきりしてるし、そこに書いてある年齢よりは上だと思ってたんだが……」
船に乗って日の浅い自分よりは、山下との付き合いが長いはずのクルーの方が山下を知っているわけだし、そのクルーが言うのだから、もしかしたら本当にそれくらいの年齢なのかと思い始め「そもそも、山下っていくつだ?」と疑問をこぼせば、他のクルー達もそう言えば知らないなと呟き始めた。
「おーい!山下!」
名前を呼ばれた山下が振り向き、手招きするクルーを視界に入れ駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
近付いて来た山下はさっきまで水遊びをしていたせいでびしょびしょに濡れていて、髪の毛や服の裾からポタポタと落ちる雫が山下の足元に小さな水溜まりを作っていた。
「どうしたってほどのことでもねぇんだがな、山下はいくつだ?」
その問いかけに、山下はぱちりと瞬きしてきょとりと俺たちを見た。
「私の歳……?」
そう呟いてうんうん唸りだした山下は、しばらく考えた末に「分からない」と答えた。
「分からないってことはねぇだろうよ」
「そうだぜ。誕生日を祝ってもらったりしただろう?」
「そのときにさ、ケーキにろうそくを歳の数だけ立てたりしただろ?」
「クラッカー鳴らしたり」
「プレゼントもらったり」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった俺達は、山下にそう言うが、山下は唇をとがらせて見せるだけだ。
「……んーと。ずっと前になら」
そこで俺達ははっとした。
両親がもう他界していると言う山下。
てっきりそれはつい最近の出来事だと思っていたが、もしそれが何年も前の出来事だったとしたら?
それから誰かに引き取られて生活していた可能性だって、1人で生活していた可能性だって考えられる。
顔を見合わせたクルーの目が涙で潤んでいて、そんな俺の視界も涙でぼやけている。
「……ど、どうしたの?」
驚いた様子でそう尋ねる山下に、何でもないんだ。と返し、その小さくて華奢な肩に手を乗せた。
「俺達が山下の両親のぶんも、お前の誕生日を祝ってやるからな」
そう言った俺を山下は混乱した表情で見上げていて、その表情から、もしかしたら山下は己の誕生日すら知らないなのかも知れないと考えて、また視界がぼやけた。
「…今日!今日を山下の誕生日にするから!今日誕生日祝いしような!」
「……う、うん?」
山下のその返事を聞いたクルーは、山下を肩車すると「誕生日祝いだ!」と言ってドタドタと船の中に入ってしまった。
静かになった甲板には、さっきまでクルー達が読んでいた育児書が放り投げられていて、それを拾い上げパラパラと捲って眺めてみると、離乳食の作り方や、抱っこの方法、夜泣きの対処法などが書かれていて、やはりこの本は山下には必要なさそうだと思った。
しかし、やはりこの男所帯で山下ががさつに育ってしまうのは避けたい。
しばらく考えた結果、もうすでに他を思いやる心があってじゅうぶん女の子らしい山下に足りないものは、女の子らしい立ち振舞いだと言う結論に達し、ならば、歌舞伎の女形を極め、日常生活でもこうして女の格好をしている己が、女の子らしい立ち振舞いを山下に教えていけばいいのだと思い立った。
「いい考えだ」
俺は1人そう呟くと、船内に入った山下たちを追いかけた。


end



- 7 -
*前次#
ページ:
うぇるかむ