ひと口だけなら

※ヴァンパイヤ主でトリップ 元ネタ

ひと口だけなら


薄暗く、昼間でも日の光が射さないこの場所は、クライガーナ島のシッケアール国にある城の一室で、その城の主である"鷹の目"と世間から呼ばれているジュラキュール・ミホークは、ここ最近寝不足で悩まされていた。
その通り名が表す通り、常であれば鷹の目の様な鋭い眼光を放つ瞳はどんよりと曇り、目の下には隈が出来はじめ、明らかな疲れが見てとることが出来る。
その原因は、今、城の外で城をぐるりと囲んでいる格子の間から、目をぎらつかせこちらを見ている女にある。
何か面白いことはないかと暇潰しに出掛けた先で、海に浮かぶ棺を見つけた。何故か妙に気になり、その棺を引き寄せてみれば、中から現れたのは死体などではなく、随分と若い女で、女は己のことをヴァンパイヤだと言った。。
本や昔話の中でのみ語られていたその存在が、突然目の前に現れたからといってまさか信じる気にもなれず、またそういう種族が実際にいるという話を聞いたこともなかったミホークは、一体何の冗談だと女を一笑してやろうとして、直ぐにやめた。どうにも女が自分をみる目がおかしいことに気づいたのだ。
例えて言うなら、肉食の獣が獲物を見つけた時の目に似ていた。少し嫌な予感がして距離を置こうとしたミホークに、女は一言「お前、人間か?」と問うてきた。
それにミホークが「そうだ」と短く答えると、女は笑顔を浮かべゆっくりと舌で唇をなぞった。
赤い唇と動く舌の間からのぞく白い歯は、犬歯だけが異様に尖っていて、もし、本当にヴァンパイヤという種族がこの世に存在するなら、こんな牙を持っているのだろうとミホークは思った。
明らかに危険だと分かっているのに、体を動かす気になれず、女の冷たい手が己の首筋に触れ、近づいた女の匂いが鼻腔をくすぐった。
唇が近づき、べろりと味わうように首筋を舌が這う感覚で、何かに弾かれるように体を動かした。
体に絡み付く腕を引き離し持ち上げると、海に落とすつもりで思いっきり投げ付けた。
しかしどうだろう?
女はくるりと1回転すると、そのまま海面に立って見せた。驚いた表情はしていたものの、直ぐにミホークに視線を寄越すとべろりと舌なめずりをして、今度はその牙がはっきりと見えるようにニヤリと笑って見せた。
「……フフフ。これはなかなか美味いな」
それからはもう散々だった。
どんな攻撃してもひらりと避けられ、当たったかと思えば霧になり姿を眩まし、他の動物に姿を変えミホークに近付き、隙を見ては近付き血を吸おうと首筋に牙がのびてきた。そんな調子でろくに休む間も与えられず、ようやくクライガーナ島に付き城に逃げ込むと、血を吸えないと分かったらしい女は空を見上げ、両手を天に付きだして何やらぶつぶつと呟き始めた。
しばらくすると強い風が吹き始め、雷が鳴り、大粒の雨が降り始めた。
あっという間に酷い嵐になった。体を濡らし、横殴りに降る雨を気にした様子もなくこちらを見てニヤリと笑う女に、ミホークは言い知れぬ恐怖を感じた。
門の向こうからじっとこちらを見つめ続ける女の気配を感じ、落ち着かず眠れない日が何日も続いた。
ようやく嵐が止み、諦めたのかと思い窓から外を覗くと、ギラギラとした目でこちらを見る女と目が合った。
しかし、見てくるだけで城に侵入してくる様子のない女に、どうやら城には入ってこれないらしいと悟ったミホークは何日ぶりかの睡眠をとろうとベッドに潜り込んだ。
しかし、それもつかの間だった。
しばらくすると廊下をカチカチと何かが石畳の廊下を歩く音が聞こえた。
ここ数日の出来事のせいで、音や気配に敏感になっていたミホークはパチリと目を開くと、体を起こし部屋の扉を開いた。
何故か廊下を狼が我が物顔で歩き回っていた。
きっと疲れて悪い夢でも見ているのだろうと部屋の扉をそっと閉じ、またベッドに戻ろうとすれば、何かを踏んだ感覚とカシュという音が耳に届いた。
眉間にシワを寄せ床を見れば、己を囲むようにして虫が何処からともなくわいて出てきていた。
思わず一歩後ずされば、直ぐに部屋の扉にぶつかり、また何かを踏んだ感覚がした。
そっと肩に数匹の蜘蛛が降りた。
最早限界だった。
ミホークはベッドの横に立て掛けてあった"夜"の元へ駆けるとそれを掴み、窓に向けて大きく横に振り払った。
ぶぉんと風が唸る音の次に、窓にはめられていたガラスが外に向けて粉々に吹き飛び、刀の風圧に煽られて、辺りのを這い回っていた虫も一掃された。ミホークは砕けたガラスを気にした様子もなく踏みつけて外へ飛び出すと、目的の人物を探して闇夜に目を泳がせた。
目的の人物は案外直ぐに見つかり、ミホークを目にすると嬉しそうにニヤリと笑った。
「ようやく私に血を吸わせる気になったか?」
その質問に答えることなく、ミホークは女に向かって刀を降り下ろした。
しかし、女は容易くその攻撃をかわすと、霧になり姿を消した。
『ハハハハッ!随分と余裕がないな。いい加減諦めてしまえばいいのだ。ひと口だけ私に』「血を与えればいいのだ」
あたりに響くように聞こえていた声が突然耳元に聞こえ、その声を振り払うように力を込めて刀を横に払うが、再び霧になった女には当たらず、刀は空を切るだけに終わった。
思わず舌打ちをして、辺りを油断なく見回すが、霧が濃くなりいよいよ視界が悪くなってきたために、その姿を確認することすら出来ない。
『何をそんなに拒む必要がある。別に死ぬ訳じゃない。たったひと口私に血を与えれば、この苦しみから逃れられるのだぞ?』
もはや疲弊しきったミホークに正常な判断など出来なかった。
そうだ。別に死ぬ訳じゃない。ひと口あの女に血を与えれば休むことが出来るのだ。今まで何故自分はこうも意固地になって血を与えることを拒んできたのだろう?
ミホークは振り回していた"夜"をいつものように背中に収めると、腕を組んでその場に仁王立ちになった。
「……分かった。ひと口だけならいいだろう」
「初めからそう言っていれば良かったのだ」
女は姿を現すと満足そうに笑い、ミホークに近付きその首筋に触れ唇を寄せると、がぶりと噛みついた。
ミホークの首筋にチクリと痛みが走った。
ごくりごくりと女の喉がなる。
ひと口と言ったのに、喉をならして己の血を飲む女に危険を感じて引き離そうとするが、どういうわけかピクリとも動かない。
頭の芯が痺れてきて、意識がぼんやりとしてきた頃にようやく女の口が離れ、勿体ないとでも言わんばかりに首筋を伝う血をべろりと舌で舐め取られた。
血を吸われ過ぎたせいで力が入らないミホークは、地面に膝を付いて女を見上げた。
「……ひと口と……言わなかったか?」
「口を離さなければ、それはひと口だろう?」
満足そうにニヤリと笑う女に腹は立ったが、これでようやく眠れるのなら、こんなことは何でもないと思いながら、ミホークの意識は遠退いていった。


end


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