四十一、懐玉・玉折 伍
袴が風を蓄え、帆を張るように膨らんだ。海風に煽られながら、堤防の先までやって来た私たちは無言で荒波を眺めていた。
紐を解き、袋の中から骨壷を取り出す。蓋を開ければ、簡単に遺骨が顔を出した。
今この状況では、散骨しか方法がない。甚爾は自身の葬法について、とやかく言うタイプではないことは分かりきっているが、弔いたいという残されたものの感情としては、これで良いのか一抹の不安が残る。
このまま海へ撒いてしまうのは簡単なのに、手が動かない。己の目から溢れ出した熱いものによって、手放すことが惜しいことに気づいてしまった。
「こんなん甚爾君やない。死んだらそれで終わりや。こんなもんに縋って何になんねん」
「直哉……」
私の手から骨壷を奪い取った直哉は、怪訝な顔で中を覗き込んだ。
「泣くんはいつでもできる。今骨相手に泣いとってもしゃあないやろ」
そう言って一番上の骨を摘み上げると、骨壷だけを私に突き返し、海へ放った。恐らく喉仏だろう。弧を描いたそれは、ポチャンと音を立てて波に飲み込まれた。
「……あ」
「何、ぼうっとしとるん。はよせんと日ぃ暮れるで」
いっそ潔い彼の態度に唖然とする。私は再び壺の中に視線を落とした。
……骨は骨か。魂の所在なんて誰にも分からないのなら、直哉の割り切り方が正しいのかもしれない。
私は堤防の端に立ち、息を呑む。そして意を決して持っていた骨壺をひっくり返した。
ざぷん。豪快にバラまかれた遺骨は、白波に攫われ沈んでいく。
「やればできるやん」
どこか安堵するように言った直哉は「終わったんなら今度こそ帰るで」と背を向けた。私はその後を追いかけ歩き出す。
沈黙に響く波の音、風の音、鳥の声。何気なく上空を見ると鳶が旋回している。私は彼との距離を埋めるかの如く不意に口を開いた。
「……直哉には、いつも迎えに来てもらってる気がする」
「そんなん……別に来たくて来たわけやない。甚爾君が、千乃が、俺を置いてくからやろ」
表情は見えない。しかし、沈痛な面持ちで唇を噛んでいるのだと、手に取るように顔色が読めた。
誰かに置いていかれる辛さ。それは誰よりも理解できる感情だと自負していた。
「ごめんね……それでも、直哉と一緒で良かった」
きっと一人では耐えられなかった。
風に背を押されるまま呟いた謝罪の言葉は、たとえ歩幅を合わせてくれなくとも、彼へ届いていただろう。
◇◇◇
大広間には普段顔を出さないような重鎮達がぞろぞろと集まり、罪人である私を囲むように腰を据えていた。
処罰は禪院家内で下すと高専側に伝えているということは、大事にせず内々に処理したいという気持ちがあるのだろう。側から見れば私の罪は、御三家から出た不祥事だ。それは体裁を取り繕うのに不都合であることは間違いない。
だからと言って、私の罪が軽くなるなんて都合のいい話はない。全てを受け入れる覚悟で前を見据える。厳しい視線が注がれる中、正面に座す直毘人が口火を切った。
「無許可での呪具の持ち出しは違反だ。それは分かっているな」
「……はい」
「分かっていてなお、か。本当に相変わらずだ」
唸るような呆れ声に口を閉ざした。しかしそれすらも咎めるかの如く、直毘人の隣に座っていた扇が苛立った声を上げた。
「登録上、甚爾が所持していた呪具だとしても、もともとは禪院家所有の物だ。それを履き違え、星漿体殺害に加担するとは」
──お前一人の問題ではない。今後の立ち回りが。禪院家の沽券に関わる。余計なことを。余所に付け入られるぞ。しばらくは上層部に突かれる。なんて面倒な。大体お前は昔からアレに甘すぎた。何故そこまでする。
そうやって皆が一斉に口火を切り責めてる。何を言われようとも私が悪いのには変わりない。黙って受け入れていると、隅の方で傍聴していた直哉が拳でもたれかかっていた壁を殴った。
「ごちゃごちゃうっさいねん。甚爾君は死んどるんやから、落とし前はついとる。千乃からしてみたら普段通り禪院のもんの命令聞いただけやろ」
「口を出すな。直哉」
「アレは既に禪院家の人間ではない」
「ハァ? 千乃が持ち出した呪具やない、甚爾君の呪具にも所有権主張しといて何言うてんねん。そもそも血ぃ繋がっとんのに、そんなん言い出したらキリないことくらい分からんの? 何を勘違いしとるんか知らんけど、たかが物如きがそこまで考えて行動できるほど賢くないんよ」
一気に捲し立て、冷めた眼差しを周囲へ向けた彼は、最後に私に視線を定め、ゆらりと立ち上がった。
「それにここにおる全員、どうせ千乃のこと壊せんのやろ」
水を打ったように静まり返った。
殺すではなく、壊すと言った彼は、この場で最も正しく私の本質を見ていた。それに気がついたのか、誰も何も言うことはできなかった。
「そんなら離れかどっかに軟禁しかないやろな」
沈黙を肯定と受け取った彼に「行くで」と腕を引かれた。それが私の処分というのならば逆らう理由はない。半ば引きずられるようにして立ち上がり、おぼつかない足取りで連れられるまま歩き出した。