四十、懐玉・玉折 肆



 無機質な死体安置所から二体の遺体が運び出される。私はその様を、呆然と眺めていた。
 甚爾の遺体回収と同時に、東京校の学生、補助監督に捕縛された私は、高専内の死体安置所の隅で検死を見届けた。隔離されなかったのは、大きく抵抗しなかったことと、この場において天与呪縛、フィジカルギフテッドの検体を最も良く知るものだったからだろう。
 それでも、手足には呪符が巻き付けられているため、身動きを取ることはできない。……取るつもりもないが。

 ぞろぞろと出ていく人々と入れ替わりで、一つの足音が隣に並んだ。

「アンタ、知ってる。禪院家の傀儡だ」

 ゆっくりと顔を上げる。蒼い瞳が座っている私を遙か上から静かに見下ろしていた。

「五条の六眼…… 」
「無下限呪術もな」

 甚爾を殺した張本人、五条悟。しかし、彼の言葉に敵意は感じない。
 私は黙り込むほかなく、手首に巻き付く呪符の紋様に視線を落とした。

「恨み言一つ言わねぇのな。俺が殺したのに」
「……言えません。甚爾も星漿体を殺した。私も止めなかった」

 事実のみを告げる。
 彼は空いた椅子に腰掛け、長い脚を投げ出した。

「だから大人しくここまで着いてきたって?」
「あの状況で抵抗しようとは誰も思わないでしょう」
「へぇ、さすがは傑作。賢明な判断だな。禪院家も頑なに高専へ所有権を譲らないわけだ」
「皮肉、ですか」

 横目で隣を盗み見る。彼はいかにも悪気などなさそうに頬杖を付き、私を覗き込んだ。

「そうだけど? その判断ができるなら、もっと早く下すべきだった」
「……ご尤もです」
「だよね。なんで?」

 無垢な問いかけにも思える尋問だった。
 彼の言うように、初めから関わらない判断をするのが賢明だった。けれどそれは感情を無視した結果論だ。
 私は目を背けることはできない本音を絞り出した。

「……いくら唐突だったとしても、必要とされるのなら駆けつけずにはいられなかった」
「へぇ。やっぱまんざらでもない感じね」

 図星だと頷くのもバツが悪く、全てを見透かされた私はただ口を閉ざした。
 クツクツと笑い声を上げていた彼は、ふと小馬鹿にした表情を収める。

「アンタさ、もし伏黒甚爾の──」

 そう言いかけて、動きを止める。視線がかち合う中の沈黙。私の瞳の色を読むように、彼は己の蒼を揺らした。

「やっぱいいや。今じゃない」

 何か結論を出した彼は立ち上がり、それだけ言い残し部屋を出ていった。
 彼が言いたかったことは分からない。けれど、甚爾と敵対した相手と、たらればを言ったところで不毛でしかない。
 小さく息を吐く。気を紛らわせるために、手遊びに興じていると、補助監督が戻ってきた。いつの間にか火葬が終わったらしい。
 彼らの監視の元、拘束を解かれ収骨室に連れていかれる。弔う覚悟があるのなら、と違い箸を差し出された私は、そっと両手で受け取った。
 この世とあの世を隔てる三途の川を渡る橋渡し。まだ熱気を放つお骨を小さな壺に収める。崩し、摘み、渡す。その一連の弔いの儀式はあっという間に終わり、気づけばいつの間にか骨壷を抱いていた。
 みんな置いていってしまう。その寂寥感は再び心を折るには十分だった。

 部屋を出ると五条悟がいた。刺さる視線に顔を上げると、彼が口を開いた。

「迎えが来たってよ」
「迎え……?」

 高専内で捕えられるとばかり思っていた私は、呆気に取られたまま彼が顎で指し示す方を見る。突き当たりの向こうからは、ぞろぞろと足音が近づいていた。
 
「探したで」

 角から顔を出した直哉が、そう言って真っ直ぐに私へ詰め寄ってくる。その固い表情は怒りに勝る侮蔑を含んでいた。

「なんで、ここに」
「高専から振り分けられた任務でちょうど東に一番近かったのが俺やっただけやけど」

 そうではない。何故迎えなどに来たのかを聞きたかったのだ。
 足切りに私を高専側に突き出しておけば、勝手にやったことだと責任を追及されることはない。私の知る禪院家とはその判断が正しいとされている場所だ。何百年もあの家から出る勇気のなかった私が、いつでも自由になれると背中を押された今、再びあそこへ帰るべきではないとも思っている。
 命が燃え尽きるその瞬間まで紡いだ甚爾の言葉を、無碍にしたくはない。そう骨壷を抱く腕に力を込めると、私の意志を否定するように直哉に腕を掴まれた。

「置いてくなって言うたやろ。なんで約束破んねん」
「……ごめん」
「謝るくらいなら最初から……っ!」

 声を張り上げ、私の身体を揺さぶったは直哉は、はたと動きを止める。視線は私の腕の中に落ちていた。

「……甚爾君、ほんとに死んでもうたんやね」

 変わり果てた甚爾の姿に、ポツリと呟く。彼の死がようやく現実味を帯びてきたのか、私を掴む直哉の力が緩まっていく。
 しばしの沈黙。ふいと視線を逸らした直哉は、事を静観していた五条悟の方に向き直り、感情を抑えた声音を絞り出した。

「処罰は禪院家内で下す。これは当主の意向や。ええやろ、悟君」

 問いかけられた彼は一つ瞬いた後、私を一瞥し直哉へ呪具が入った鞄を手渡した。

「襲撃前後、間違いなく高専結界内の呪力感知には引っかかってない。物理的には星漿体暗殺には関わってないことになる。それなら上層部も聞き取りは直接禪院家にするだろ」
「そうなん。なら決まりやな」

 高専側の見解は事実ではあるものの、このまま禪院家に帰ることになるのが腑に落ちなかった。
 今回の一件による被害の大きさと事後処理に手一杯なことを考えると、どちらにせよ禪院家が関わってくるならそちらに一任したいという意向なのだろう。それならば従うしかないのだが、やはりやるせなさに襲われる。
 直哉に連れられて外に出た私は、そのまま迎えの車に乗せられた。後部座席に並んで座る私たちの視線は、膝の上の骨壷に注がれていた。

「それ、どうするん。骨になろうと甚爾君は禪院の敷居を跨げんよ」
「……本当は奥さんのお墓を探し出して、同じところに納骨するのが良いのかもしれないんだけどね。非術師に甚爾の遺骨の管理をさせるわけにもいかないし……」

 遺体の処理を高専に任せることになったのも、所在が唯一はっきりしているのが関係を断絶している禪院家しかなかったからだ。籍を入れている相手や、血の繋がりのある幼いはずの子供には管理能力がない。それならば、行き場を失った遺骨はどうするのか。

「帰る前に一つだけお願いがあるの」

 そう言った私に、直哉は小さく頷いた。






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永遠に白線