タソガレドキ忍軍お家騒動の段 その六







 無事にタソガレドキの皆の元に辿り着き、再会を喜んだのも束の間、雑渡様が大火傷を負い、重体だと知らされた。

「こんな時になんだが、今後の話だ」

 雑渡様の治療のために、忍者隊は早々に領内に引き上げ、私もまた懐かしい故郷の家で療養していると、陣内叔父様が訪ねてきた。
 いつかの輿入れの話をされた時と似ていると、胸の奥がざわつく。しかし、私にこういった話ができる立場なのが陣内叔父様しかいないのもあり、不憫な役を買って出てくれる彼には申し訳が立たない。

「家を継いだ兄が亡き今、お前が正式にタソガレドキ忍軍に入るべきだという声があってな」
「……殿のご命令でしょうか」
「殿も鬼ではない。お前の苦労は聞き及んでおられる。いずれの話だ」
「左様で……」

 膝の上でギュッと固く両手を握る。理屈は理解できるが、素直に頷くことができなかった。

「忍者隊の中からも同じような声も上がっている。慣習もあるが、皆園人と一綱の家を思ってのことだ」

 皆にはお兄様を忘れないで欲しいと思っていた。だからこそ、そう言ってくれるのは嬉しい。でも……
 私は伏せていた視線を上げ、正面に座る陣内叔父様を見据えた。

「いずれの話であるのであれば、一つお願いが」
「……小頭の看病なら辞めておいた方がいい」

 既に何人もの申し出があったのだろう。
 私の言葉を手で制した陣内叔父様に、ゆるゆると首を横に振った。

「いいえ、違うんです。私は……あの方に顔向けできませんから」

 今、苦しみの底にいる彼に、謝罪だけぶつけに行くなんてそんなのは自己満足だ。私のことに時間を割いている暇があれば、一刻も早く回復するように養生して欲しい。
 私の返答が意外だったのか、陣内叔父様は目を丸くして真意を問う。

「では、何を願い出たいんだ?」
「修行のために、外に出たいんです」

 タソガレドキ領の外で学び、得たものを持ち帰りたい。ただそれだけだ。されど、そのそれだけ≠ェ、どれだけ難しいことかも重々承知していた。

「今の私では、タソガレドキの忍びとしてとてもお役には立てられません。……ずっと屋敷の片隅で、分不相応にも武家の姫として扱われてきましたから、稽古などできませんでしたし、もしもこれから誰かに稽古をお願いしたとしても欠けた穴が埋まらないまま労力だけを割いてしまうことになる。それだけは避けたいのです」

 あの高坂ですら雑渡様の看病を許されず、一向に手の空かない忍務にあたっている。それほどの状況で、足手纏いになるくらいなら外に師を求め学びたい。
 幸い至急の命ではないのだから、この願いが許されても良いだろう。私は膝の前で手を揃え、床に額を擦り付けた。

「陣内叔父様、雑渡様が戻られるまでどうか時間をください」
「……お前はあの惨状を見た上で、小頭が戻ると言うんだな」
「はい」

 雑渡様の容態はあまりに深刻だった。いっそ楽にして差し上げたいと思う者が出るほど、火傷に包まれ痛みに喘ぐ姿は、筆舌に尽くし難いものであった。
 けれど、彼は「共に手を合わせに行こう」と言ってくださったのだ。それを私が信じないわけにはいかない。

「分かった」

 ポン、と頭の上に手が乗せられる。きっと父の手とはこういうものなのだろうと、胸に詰まる思いを抱きながら「ありがとうございます」と呟いた。
 今の私にできるのは、いつかお兄様の前で、堂々と雑渡様の隣に立てるような忍になったと報告できるよう、努力を重ねることだけだった。












目次

永遠に白線