靖友がリタイアして間もなく、後輩の泉田も救護テントに運ばれてきた。悔し涙に暮れる後輩をなだめつつ、自分とは違いベッドの世話になることもなく回復して行く後輩が少し羨ましい。自分は未だに起き上がることさえ難しいというのに。 (ナンにしても、まァ、お前には来年があるからなァ、精々今のうちに泣いておけよ) 山中湖の救護テントの中、靖友は簡易ベッドに横たわりながら、きっと自分以上に悔しがって泣いているだろう彼女を思って目を閉じた。 ふと、テントの外が騒がしくなって意識が浮上する。 「…泉田ァ」 「あ、はい。ちょっと見てきます」 泉田がテントの外に顔を出すと、そこには係員に腕をとられ追い出されそうになっている律の姿があった。 「待ってください! その人、うちの関係者です!」 「泉田くん! 靖くんは? リタイアしたって聞いて! 落車したの? ケガしてない?」 矢継ぎ早に質問を繰り出す彼女を安心させるように、泉田はニッコリと笑って言った。 「大丈夫です。荒北さんは箱学のために力を出しきっただけです。落車もしてませんし、ケガもしてません。今ちょうど目が覚めたところなんです。お会いになりますか?」 「……いいの? ……でも、靖くんが会いたくないかも」 「大丈夫ですよ」 泉田はもう一度ニッコリと笑って、律の背中をそっと押すとテントの中に招き入れた。 「荒北さん、折原さんがお見えです」 「…ん」 「僕少し席を外しますね」 「悪ィな」 いいえ、と答えた泉田は所在なさげに立つ律にパイプ椅子をすすめると、靖友に一礼してテントを出ていった。 「……ケガしてないって聞いたけど」 「してネーよ。力使いすぎて走れなくなっただけだし」 「………」 「つーか、お前、何その顔。ちゃんと日焼け止め塗ってたのかァ? 真っ赤だぞ」 「……塗ってたけど、塗り直し忘れてた」 「ったく、後で痛いって泣いてもしんねーかンな、オレは」 「……泣かないもん」 「どーだか」 ベッドに投げ出された靖友の手の先が何かを催促するように揺れる。律はその手を取って膝の上で握りしめた。 「………」 「……ごめんな、カッコいいトコ見せらんなかったな」 「そんなこと無い。靖くんはいつだって格好いいよ」 「ンなこと言うの、お前だけだっつーの」 「………」 「……悪ィ、まだ眠てぇ…。お前、先帰れよ。どうせ待ってても一緒には帰れねぇンだし」 「……うん、靖くん寝たら帰るね」 「…ん」 程なくして握っていた手から力が抜け、寝息が聞こえ始めた。汗でいつもより湿った黒髪を撫で付ける。律は額にかかる前髪を払うと、労るようにそっと口付けを落とした。 名残惜しいがここに居ても自分のできることはない。遅かれ早かれここも撤収されるだろうし、靖友の言う通り先に帰ろう。意を決して立ち上り出口を振り返って、律はそこで初めて他にも人がいたことに気がついた。 (靖くんのことでいっぱいいっぱいで、他に人が居るなんて気が付かなかった!) 「……あ、あの、すみません。お騒がせしました!」 「………」 「……あぁ、いや、帰り気をつけて」 「……あ、ありがとうございます。失礼しました」 「………」 (は、恥ずかしー! ……確か、総北のエースの人と、一年生のスプリンターの子だよね) 背中に視線が突き刺さっているのがわかるが、怖くて振り向けない。律はそそくさとテントから抜け出すと、大きく息を吐いた。 |