苛立ちを抑えきれず、チャリに乗っていた金髪鉄仮面にケンカを吹っ掛けて惨敗したのは記憶に新しい。 (気に入らねェって投げ出すのは簡単だ) だが靖友には解っていた。 今が勝負の時だ。 今、自分に向き合わないでどうする。 (自分をとりもどすンだろ!) (自分が自分であるってことを証明すンだろ!) (アイツの隣に堂々と立ちてーンだろ!) 大事な幼馴染みで、大切な女の子。 この頃にはもう、靖友にとって律はただの幼馴染ではなかった。 一週間ぶりの非常階段下。 散切り頭の靖友を見て、律の眼は真ん丸に見開かれた。いつもは下がっている困り眉も驚きで跳ね上がっている。 (アー、この顔は初めて見るかも知ンねーな) 「靖くん、どしたの…」 「………」 「………」 「……オレ、チャリやることにした」 「………」 過去の自分を、今の自分を、そしてこれから先の目指すべき自分を。拙い言葉で彼女に話す。 ありのままの自分を見ていてくれた彼女に、これからもありのままの自分を見ていて欲しい。 それには今、やらなければならないことがある。 「…だから、しばらくお前とは会わねェ…」 「………」 「……オレ、お前のコト好きだ。…そーゆー意味で」 「………」 「コレはオレの挑戦だ。…けどよ、必ず、ちゃんとお前ントコに戻って来るから。待っててくれよ」 律の瞳に水の膜が張る。 でもそれは悲しさからくる涙ではない。それが証拠に震えながらも緩く結ばれた唇は、うっすらと口角を上げていた。言葉にならない想いを伝えるように、律の頭が何度も縦に振られる。その度に頬へと滑り落ちる涙を靖友は感嘆の思いで見つめた。 握っていた指先を解き、絡めなおす。 靖友がゆっくりと顔を近づけるのに合わせて、律の瞼が閉じられた。 そっと合わせるだけの、初めての口付けは涙の味がした。 十六歳の秋、荒北靖友は大きな挑戦のための、小さな一歩を踏み出したのだった。 |