鼻歌




「いいよー」と声が掛かったので着替えを持って脱衣場へ入ると、湯船に浸かったらしい水音と共に気の抜けた溜息が聞こえた。その後に『極楽〜』と聞こえて来ても可笑しくないくらいの気の抜けっぷりである。
それから直ぐに呟くような歌声が聞こえてきた。
キーが低すぎて最初は分からなかったが、どうやらちょっと前に最終回を迎えたアニメの主題歌のようだ。確か大ブレイクしてこの冬には劇場版も公開されるって言ってたっけ。先週、「映画始まったら一緒に観に行こうねー」と誘われたのをふと思い出す。
しかしその歌声は数フレーズ歌ったところでちょっと間が空き、鼻歌に変わった。

(――歌詞覚えてないんかい!)

ちょっと吹きそうになった。
笑いを堪えて浴室に入ると、「お? 待ってたよー」と機嫌の良い声に迎えられる。
洗い髪を掻き揚げて、規格外のイケメンっぷりを惜しげもなく晒している彼はしかし、今にもお湯に溶けてしまいそうなほど緩んだ顔をしていた。
極めつけは、頭の上に乗せられたタオル。
うん、おっさん臭いね。いや、世間的にはアラサーはおっさんなのか。

「……ん? どうかしたー?」
「いや、こんな気の抜けたグットルッキングガイ五条悟センセーは、生徒には見せられないなと思って」
「……そりゃそうでしょー、教師たるもの生徒の前ではカッコよくありたいもん。それに、僕のだらけたカッコなんて、オマエだけが知ってればいいんだよ」

(あら、嬉しいお言葉)

「ま、オマエのだらけた所も知り過ぎてるから今さらでしょ?」

(……前言撤回である。このヤロー)

「そんなことより、ほら、ちゃっちゃと洗って早く湯船に入りなよ」
「……はいはい」

カランのハンドルを捻りシャワーを浴びる。
と、また鼻歌が聞こえてきた。
さっきと同じメロディー、……と言うか、同じところ繰り返してない?

(そこしか覚えてないんかい!)

今度は遠慮せずに爆笑してやった。
それでも彼は楽しそうに鼻歌を続けている。
ま、こんな日があってもいいよね。




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