部長注意報




「都市伝説、というものをご存じだろうか」

そう胡散臭い口調で我が茶道部部長が問い掛けた。


「はぁ?」


と私は茶道室の真ん中ですっとんきょうな声をあげた。
思えば、これが始まりだったのかもしれない。




「部長……またそんな胡散臭いものにハマっているのですか?」

呆れ声で返す私は思わずお抹茶を吹き出しそうになってむせかけた。というか少しむせた。苦いし苦しい。

「そう言いなさんな、一条くん。この世界には思わず期待してしまうような都市伝説もたくさん転がっているのだよ!」
「え、期待してしまっているんですか部長……」
「当たり前じゃないか一条くん!! 都市伝説は他の世界へ行く架け橋なのだからな!!」
「部長は他の世界よりまず先に、精神科へ行くことをお勧めします」

部長何なんですか……架け橋って……。

部長が変なのは知ってたけどそこまでだとは思わなかった、と思わずでてきた鳥肌をさする。

「精神科? 安心したまえ、僕は至って普通だ一条くん」
「……そうですか」
「そうなのだよ。ところでだ、君はパラレルワールドというものをご存知かな?」

パラレル、ワールド? そんなもの聞いたことも見たこともないんだけど……。

聞きなれないその言葉に、首を傾げながら部長を見ると彼は得意げな顔をしていた。何でだろう、少し腹立たしいのは。

「知りません。何ですかパラレルワールドって?」
「じゃあパラレルの意味は?」
「……平行、ですよね」
「正解だ。すなわち直訳すると平行な世界だ」
「すいません、全くもって意味がわかりません」
「つまりだ。我々が生きるこの世界とは別にいくつもの世界線があって、自分がしなかった選択をした自分、ないしは、そもそも世界のあり方が違う世界で生きている自分がいる。別の世界線にいる自分がいま、同じときを生きているという考えだ」
「えー……っと……この世界とは別の、平行に存在している世界……? が、あるということですか……? にわかには信じられませんが」
「そう! そしてその平行な別の世界の自分と入れ換わる方法があるという、都市伝説があるのだよ!」
「なんて回りくどい……。要するに別の自分と魂的な何かが交換される、みたいな話ですか?」
「そうなのだよ一条くん! さすが僕の後輩だ、とても察しが良い!!」


察しがいいじゃないわ! なんて馬鹿馬鹿しい……!

心底ギョッとさせられたのは言うまでもない。何で部長がそこまでキラキラとした疑いのない瞳を出来るのかが解らず、私は眉間にしわを寄せながら片手で頭を押さえた。本当に意味が分からない。

パラレルワールドにいる自分? 入れ換わる方法? そもそも入れ換わってどうするっていうの!?

ツッコミどころが多いとは言え、ここで部長の話を遮るのも気が引ける。拗ねられると厄介そうだというのはご察しの通りだ。それにまぁ、意味は解らないけどちょっと興味がなくもないというか。毎日毎日勉強尽くめだから、そういった話題はある意味新鮮で面白そう、というのが本音だったりする。勉強以外の話をここ最近はめっきりしていないから、心がそういう話を求めているのかもしれない。

それでもし……もしこの世界から抜けだせられるのなら……。

なんて思ってみるだけならタダではないか。それならば都市伝説に頼ってみるのも悪くないのかもしれないわね、と私はあり得ない話に自嘲気味に少し笑った。それを了解ととったのか部長は話を進めていく。

「都市伝説ではパラレルワールドの自分と、この世界の自分がシンクロすることが最大の条件となってくる」

シンクロねぇ。

話を聞きながら、唯一読んだことのある某漫画の猫っぽい先輩と卵頭が一瞬脳内をよぎった。私が何も言わないので、部長の話は饒舌に続く。

「だからパラレルの自分とこの世界の自分が、とある瞬間に同じ感情で同じことを5回すると入れ換わると言われているのだ」

はい? 急に話が飛躍しすぎてない? 私なにか聞き逃したっけ?

突然5回と言われたところでピンとこないに決まってる。なぜ、5回。10回でも良いじゃないのか。ゆくあてのない疑問ばかりが一瞬にして生まれた。だけどきっとここで突っ込みを入れ始めたらキリがないんだろう……しょせん都市伝説だし。私はそう割りきって部長に別の質問をする。

「えっと……、部長? 具体例はどんな感じなんでしょうか?」
「具体例……そうだな例えば、眠たいと思いあくびをする、その後肩がこったと伸びをする、という風に5つの動作を行う」
「で、パラレルワールドの自分も同じことしてたらチェンジ、ってことですか? ……なんか夢のまた夢のような話ですね」
「一条くんんん! それはやってみないと解らないではないか!!」
「いや……やってみないとって部長、パラレルの部長も同じことしてなきゃならないなら、部長1人が頑張ったところでどうしようもなくないですか?」
「いいやきっとあっちの僕も頑張っているはずだ! 今いくぞ!!」

そう言って部長は変な行動をとり始めたが、いや、行ってどうするのか。

仮にいま入れ換わられても私が困るのだけれど……?

こういう場合は急いで退散、関わらないに限る。部長にはぜひパラレルワールドより精神科の病院に行っていただきたい。

そう思ったところで本人には伝わらないので黙って副部長のいる方へ逃げることにした。



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