隣の席の謙也くん。




「1限の授業って何やったっけ?」

爽やかな朝、にぎやかな教室。
朝練を終えて教室に入ってきた隣の席の謙也くんにそう話しかけられたので、私は消しゴム探しの手を止めて彼を見た。

「あ、おはよう。1限目は数学だよ〜」
「あー、しもた予習忘れた!」
「はい、貸したげる」

そんなことだろうと思った、と笑いながら予習済みのノートを差し出すと、彼は太陽のようにからっと笑う。

「ええの!? おおきに、美月!」
「どういたしまして、謙也くん」

まだ呼びなれないその名前に照れているのは私だけのようで、少しそわそわしてしまう。席替えして隣になった謙也くんに「忍足くん」って呼び掛けたら、「オシタリなんて呼びづらいやろから謙也でええ」と言われてそうなったものの、いつになったら緊張せず呼べるようになるのやら。謙也くんはとにかくフレンドリーで優しい良い人で、いつもにこにこと接してくれるし、私も同じように接することができるようになりたいものだとずっと思っている。こちらもいつになることやら。

そんなことを考えつつ、私は筆箱と鞄あさりを再開したが、やっぱり消しゴムが見つからない。どうしよう、1限目から数学とかすごい消しゴム使うよね……。いい加減探すのを諦めて頭を抱えると、謙也くんが予習の手を止めて心配そうにこちらを覗き込んできた。

「どないしたん、美月? なんや顔色悪そうやん」

最後の頼みの綱……!私はガッと謙也くんの手をつかみ懇願した。

「どうしよう! 謙也くん! 消しゴム! 忘れちゃった!」
「う、お、お落ち着け美月! ほら俺が貸すで、な?」
「ほんと!? ありがとおぉぉって、謙也くん……顔赤いよ? 大丈夫?」
「なっ……! 何でもあらへん! ほら、消しゴム!」
「ありがと……って、え」

顔が若干赤い謙也くんは、ぶっきらぼうに私の方に手を突き出し、変な形の消しゴム(多分イグアナ)を私の手に乗せてくれる。なにこれちょっと可愛い、いやいやこれ消したら手足もげるでしょ、使えないって。そう思った私はイグアナちゃん(仮)を丁重にお返しした。

「ごめん、謙也くん……ありがたいけど使えないや」

そう言うとひどく悲しそうな顔で謙也くんは、「……なんやそりゃ残念やわ」と呟く。

「えっと……」
「やっぱりこないな形の消しゴム使いたないん……やな」
「いやいや、使いたくないんじゃなくて使えないんだよ」
「使えないほど恥ずかしいん……?」
「そうじゃなくて、折れちゃいそうで」
「え?」
「だから、首の部分とか手とか足とか消して折れちゃったら可哀想だから使えないって話。せっかく貸してくれたのに、ごめんね」
「ええ、そないな優しいこと言われたん、初めてなんやけど……!」
「それにしても可愛いね、これ。イグアナかな?」
「お、おん。イグアナや、可愛いやろ。」
「ペットでも飼ってるんだっけ?」
「そうや。まあペットっちゅうか、」
「ああ、恋人ってくらい大事なんだよね?…なんか、そういうのいいね」

そう言って微笑んだら、謙也くんは一瞬目をカッと開いたあと、口角を思いっきり上げてもの凄く嬉しそうに笑って、「おおきにな、美月」と握手のように私の手をとって振った。

「え、え? ありがとう?」
「はは、何で美月までお礼言っとるん?」

とかなんとかやってるうちにチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。

「おーい、授業始めるぞ〜。号令!」
「うわわわ、け、謙也くん! 手!」
「わっ、すまん!」

あわてて謙也くんは手を放し、無事に授業は始まったのでした。

隣の席の謙也くん。

(あ、間違えた。消しゴム消しゴム……って結局消しゴム借りてない!!)






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