幼馴染がヤクザ紛いの仕事を始めたおかげで、私までイカニモなオニーサンたちとお近付きになることが増えた。お近付きと言っても甚だ不本意なもので、拉致誘拐脅迫その他諸々、いずれも明らかな違法行為である。
しかし、私は一度も実際に拐かされたことはなく、それどころか掠り傷ひとつ負ったことすらない。それは、そもそもの原因である幼馴染と、そのお仕事仲間が絶対に私を助けてくれるからである。
「人のモンに手ェ出したらアカンやろ?小学校で教えてもらわんかったか?」
誰が誰のモンやて、と内心で悪態をつきつつ、私はその様子を見守っていた。幼馴染――白膠木簓の長い脚が空を切り、その爪先は私を連れ去ろうとした男の腹を抉る。男は息も絶え絶えで、何か返事をするような気力は最早残っていない。
「簓、もうえぇやろ、人来る前に行こ」
「名前がえぇなら」
私たちのその会話を合図に、他の男を嬲っていた仲間――碧棺左馬刻が振り返る。簓が「行こか、左馬刻」と声を掛けると、彼は新しい煙草に火を点け歩き出した。
「ありがとうございました、左馬刻さん。いっつもお手数お掛けして、申し訳ないです」
ふたりが乗ってきた車へ向かって歩きながら言うと、左馬刻さんは「怪我してねーか」と言ってこちらを見たので「大丈夫です」と答える。
左馬刻さんの口角が少し上がったような気がして、嬉しくなって私も微笑んだ。するとそれを見ていた簓がムスッとした表情で、私の視界に入り込んでくる。
「名前、俺は?俺も助けたったやん」
「そもそも誰のせいで毎度毎度こんな目に
遭うてるか分かってて言うてるんか?」
「せやなぁ、名前が俺のこと好きなばっかりに」
「寝言は寝て言わんかい、アホ。普通に考えて逆やろ、」
そこまで言って、口をつぐむ。しかし時既に遅く、簓は普段からヘラヘラしたその間抜け面を一層綻ばせて、私の顔を覗き込んだ。
「そうやで、俺が名前のこと好きで好きで、名前に手ぇ出されたらなーんもできへんようになってしまうから、弱い名前が狙われる」
可哀想になぁ、と言うその口は綺麗な逆三角形を描いている。可哀想なんて、一ミリも思ってないくせに。
* * *
「名前、これ何?」
ある休日、簓の家のソファーに寝そべって雑誌を捲っていると、背後から声を掛けられた。簓の手には地元オオサカの友人から送ってもらった住宅情報誌が握られている。確か仕事の休憩中に読んで……鞄に入れっぱなしだったのか。
「何って、見たまんまやろ」
「帰る気なんか?」
簓はいつもニコニコヘラヘラしているけれど、幼馴染の私の前では感情を隠し切れない。苛立ちとか焦燥とか不安とか、全て手に取るように分かってしまう。
渋々身体を起こしソファーに腰掛けると、空いたもう一人分のスペースに簓も腰を下ろす。別に何処へ行く予定もないが、間もなく午前も終わろうというのにまだ寝巻きだ。
「……まぁ」
「なんで?何回も怖い思いさせてしもたから?」
「それは……そうやけど、そうやないというか……」
煮え切らない態度の私を簓は心配そうに覗き込む。この人は、私がいつものオニーサンたちが怖いからオオサカに帰るのだと本気で思っているのだ。もちろん怖くないといえば嘘になる。しかし、それは決め手ではない。
私のことを本気で気に掛けている簓を見ていると、私もちゃんと本音で話さなければいけないと思わされてしまう。膝に置いた雑誌の上でぎゅっと拳を握り、身体を簓のほうへ向けた。
「簓、芸人になりたい言うてたやん」
そう言うと簓は「よう覚えてんなぁ」と呟くだけで、否定しなかった。
「いくら昔の話で正当防衛や言うても、芸能人が暴力はアカンやろ、だから」
「そんなん気にせんでえぇから。そばにおって」
簓の手が私の腕を掴んだかと思うと、そのままフラフラと倒れこむように、私に身を預ける。髪が首元を撫でてくすぐったい。
(ずるい言い方)
私はただの幼馴染なのに。簓はすぐ私のことを好きだ好きだと言うくせに、その先はくれない。それがラブなのかライクなのか分からないまま、なんとなく大人になって、一緒にいるのが当たり前だから、なんとなく一緒に上京して。
私は簓の何なのか。分からないけれど、少なくとも私は、
「……私は、簓のお荷物にはなりたくない」
胸元に視線を下ろしても簓の後頭部が見えるだけだった。何も言わず、ぴくりともしない。
「簓の将来、邪魔するくらいなら死んだほうがマシや」
「何や、それ」
ほとんど独り言のように呟いたそれに簓が反応して、クックッと笑う。
「幼馴染が死んでるんはえぇんか、ゲーノージンとして」
「別にえぇやろ、殺したわけやなし」
そう続けると簓はついに堪え切れなくなったのか腹を抱えて笑い出した。しばらくすると涙が浮かんだ目尻を擦りながら、いつもの笑顔で私を見る。
「名前のそういうとこ、ホンマに好きやわ」
またそういうこと言う、と思いながら、私はなんとなしに持っていた雑誌を撫でる。簓に好きだと言われても、私は何と返したらいいのか分からなかった。しかし簓はいつも、そんな私をより愛おしげに見つめるのだ。
「でも、俺の承諾なく死ぬのは許されへんなぁ」
「それこそ、自分、私の何やねん」
「何やろなぁ」
言いながら簓は立ち上がり、住宅情報誌を持ってキッチンのほうへ向かって歩き始めた。キッチンには分別用のゴミ箱がある。簓が何をするのかは一目瞭然だった。
(また流された)
私の帰阪騒動は、これで三度目だった。
Fin.