コロッケパン


任務前、いつもより早く目が覚めてしまい、しかしながら二度寝する気もなかったので久しぶりにネットサーフィンをしていた時だった。

《特製コロッケパン 430円》

大きな見出しが目に飛び込んできた。

どうやら近くのコンビニで売っているらしく、さらに読み進めていくと『数量限定!』と、煽り文まで書かれている。容量の割に価格は高いし、結局はパン屋の方がうまいんだろ、と内心は思っていたが、ふと出水がコロッケが好きと言っていたことを思い出して、久々に買い物がしたい衝動に駆られた。

思い立ったが吉日。任務が終わったら買いに行こう。

◇◆◇

朝の日差しが三門市を明るくする頃、藤宮は本部には戻らず換装体を解除してまっすぐコンビニへ足を向けた。

朝の冷たい風が吹くなかで、もう少し厚着をすれば良かったな、と呟くと少しだけ息が白くなった。この時間帯になると学校や職場に行く人達で少しだけ市内に人が増える。それにしても6時に家を出る人は大変だな、と自分の事を棚に上げてコンビニの中に入ると、少しだけ声量を抑えた「いらっしゃいませ」が店内から聞こえた。

カゴを取って他に何も目を向けず、まっすぐにパンコーナーへ行くと腰の高さほどある小さなテーブルの上にご丁寧に高級そうな赤い布がかかっており、さらにその上にコロッケパンが3つ乗っていた。その側には《当店1日10個限定! 特製コロッケパン!》といかにも主力商品だと言わんばかりのPOPが取り付けられており、現時点で3個しかないのだから期待が持てるな、と3個全てをカゴに入れ、飲料コーナーへ向かう。

出水の好きな飲物が分からなかったので、無難にお茶のペットボトル1本とオレンジジュースを手に取ろうとしたが、みかんが好きなのは知っているがオレンジはどうなのだろうと思ったので、代わりに小さめのパックに入ったみかんジュースを入れておいた。

あとは自分用に2リットルの水2本と500mlの水を1本をカゴに入れ、店内をぐるっと一周した後、スタンダードなサンドイッチを1つ手にとってレジに向った。なかなかに重い。

「2,151円です」
「あ、えっとこれとこれとこれは袋分けてもらえますか?」
「かしこまりました」

出水用のコロッケパンとお茶とジュースは袋を分けて貰って、ついでにお手拭きも入れてもらうのも忘れずに会計を済ませる。そのまま出水の家に向かおうと思ったが、2リットルの水を2本も買ったのは間違いだった。重い。仕方なくトリガーを起動して換装体になって歩くともうずっと換装体でもいいかな、と思う程度には楽なので恐ろしい。科学の進歩ってすごいな。隊服のない俺は換装体でも黒いボトムに白いTシャツと黒いパーカーだし、気ままに行動できるので、こんな時には隊服のない独り身って便利だと思う。申し訳ないけど太刀川隊の隊服を着て外出とか絶対したくない。あれは俺の歳になるとかっこよさよりも恥ずかしさが勝る。あ、でも身体だけ換装体にできるから隊服はそんなに関係ないか。

出水の家の近くに着いてスマホの時計を見ると6時37分。出水がいつ起きるのか分からなかったので出水家の屋根の上にお邪魔してサンドイッチを食べながら待つことにした。屋根の上に乗ってトリガーを解除して優雅に朝ごはん。感覚的には夜だけど。

7時になると家の中から目覚ましの音が聞こえた。そろそろ起きるのかな。食べ終わったサンドイッチの袋はちゃんと自分用のレジ袋の中に入れて、またトリガー起動。

時刻は8時頃。俺は家を出た出水の前に飛び降りた。

「おあぁぁぁ!?」
「おはよ出水!」
「おはよ、じゃないですよ! なんで上から藤宮さんが落ちてくるんですか!」
「んー? 待ち伏せ?」
「え、おれ今日死ぬんスか……」
「いやいや。警戒しなくていいから、とりあえず歩こう?」

通学路を出水と一緒に歩くとなんだか学生に戻ったみたいで嬉しい。

「藤宮さん、声に出てますよ」
「え!あ、うん」

やばい。ついにひとりごとが勝手に出るようになったか。歳か、これは歳なのか。恥ずかしいことこの上ない。

「ところでさ! 出水は弁当派?」
「いえ、今日も購買でパン買う予定です」
「良かった! これ、出水に差し入れ!」
「え? なんで?」
「え? なんとなく?」
「よく分かんないですけどありがとうございます」

俺からのレジ袋を受け取った出水は少しレジ袋を体から離してビクビクしながら中を覗き込むと目を輝かせた。

「藤宮さん!! これ!! これ!!」
「おー、お前コロッケ好きだろ?」
「好きです!! これ食べたかったんです! 飲み物もありがとうございます!」
「3つ同じものにしちゃったけど許せ。じゃ、今日も勉強頑張れよ」
「はい!」

丁度分かれ道だったので藤宮が出水と分かれると、その後出水は締りのない顔をしたまま登校し、午前中の授業をうたた寝なしで過ごした。

◇◆◇

昼食の時間となり生徒全員が各々の昼食を取るために席を移動させたりする中、出水が机の横にかけておいたレジ袋を持ち上げると、一緒に昼食を食べようと声をかけてきた米屋が袋を凝視した。

「あれ?弾バカ、イイもん持ってんじゃん!」
「なんだよ槍バカ、やんねーぞ」

おれが取り出したのはいつもの購買のパンではなく、少しだけ高級感のあるコロッケパンのパッケージだったので、そこに惹かれたのか米屋からいつもより強引に"半分"をねだられた。しかしおれもせっかく藤宮さんから貰ったこのコロッケパンを素直に差し出す程甘くない。あの人は攻撃手だけれど射手としてもかなりすごいし尊敬に値する人だ。そんな人が自分にコロッケパンをくれるだなんて、好きなものは口に出して言っておくものだな、と思う。

「いーじゃん! 半分!」
「やだ」
「お願い! オレの焼きそばパンも半分やるから!」
「はぁ……仕方ねぇな」
「ぃよっしゃー!!」
「おれコロッケ食うからお前パンな」
「おいこらちょっと待て」

待てと言いながらもケラケラと笑う槍バカを見つつ未開封のコロッケパンを差し出すと驚いた顔をされた。

「なーんだ、結局くれるんじゃん!」
「不本意だけど藤宮さんならこうしろって言うと思うから」
「それ藤宮さんがくれたやつなの?」
「ん」
「いやー、それならいいわ。出水公平くんの大好きな大好きな藤宮さんからだもんなぁ〜へぇ〜」
「うるせぇ!」
「ま、藤宮さんすげぇよな。東さんの戦術すごいとか言ってるけど藤宮さんの意見もけっこう周りから頼りにされてるのにな!」
「そう! それ! ホント自分の事分かってないよな!」

藤宮さんの話に花を咲かせながら食べたコロッケパンは凄く美味しかったです。

◇◆◇

「はっくしょん!」
「藤宮さん風邪ですか? バイトあるんでうつさないでくださいね。」
「とりまる冷たい。それより何で本部にいるの?今日は学校休み?」
「午後から防衛任務があるので早退してきました」
「なるほど。じゃ、俺は今から寝る。おやすみ」
「おやすみなさい」

20151021
出水家って一軒家……?



夜の鷹 番外編
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