ハロウィンしましょ!


いつも通りの夜間防衛を終えて、朝日が昇る頃にボーダー本部に帰る。それは今に始まったことでは無く、もう何年も続いている習慣で、帰り道も帰る時間も毎回ほぼ同じ。

だからたまに帰路に待ち伏せが居たりする。

「司さーん!」
「うぉっ、緑川! 急に飛び付いてくるなって!」

腰に飛び付いてきた緑川の身体を支えてクルクルと回るときゃっきゃと楽しそうにしているので、普段グラスホッパーで飛び回って戦っているし、遊園地の絶叫系は得意そうだ。

「司さん! 一緒にハロウィンしましょう!」
「いいけど、一緒にって何するの?」
「ちょっと屈んでください」
「ん?なになに?」

内緒話をするように緑川と同じくらいの背丈に屈むと頭に何かつけられた。触ってみるとふわふわとした耳のようだ。

「司さんは狼です!」

狼の耳だったらしいそれは、頭を軽く揺らすと一緒に少し揺れた。

「尻尾もあるのでお願いします!」

渡された狼の尾は黒色だったので、きっと耳も黒いのだろう。黒髪に合わせたのか偶然なのかは分からないけれど、尾に突いている金具を言われた通りにベルト通しに引っ掛けた。

「オレは海賊ですよ! キャプテンミドリカワ!」

どこから取り出したのか海賊の帽子をかぶった緑川は得意気におもちゃのカットラスを掲げて見せた。

「おおー、なかなか本格的だな」
「でしょー! さあ司さん!トリック・オア・トリート!」
「ごめん、今は何も持ってないんだ」
「今すぐじゃないとダメでーす! と、言うことでイタズラです! オレと一緒にお菓子を貰うの手伝ってください! さあ行きましょう!」
「仕方ないなぁ。行こうか」

緑川に手を握られてそのまま本部まで歩いたが、本部に近づいた所で急にするりと温かい手が離れたので緑川が駆けて行く方向を見ると、風間隊が集まっていた。三上が居ないことから、今から防衛任務に当たるところなのだろう。

「風間さん! トリック・オア・トリート!」
「緑川か。生憎菓子は持ち合わせていない」
「ちぇー、風間さんもかぁ〜」

肩を落として落ち込んでいる緑川に近づくと蒼也がこちらを見て目をぱちぱちと大きく瞬かせた。

「藤宮さん?」
「ん? なに?」
「あ、いえ、その耳」
「ああ、これ?緑川が付けてくれたんだ。尻尾もあるぞ、どうかな?」

背中を向けて見せると蒼也は尾をじっと見つめていた。

「お似合いです」
「蒼也に言われるとなんだか照れくさいな」

素直に少し照れていると今度は菊地原が口を開いた。

「藤宮さんその歳で仮装なんて恥ずかしくないんですか?」
「こら菊地原! すみません藤宮さん」
「あー、いや、歌川が気にする事じゃないし、俺も少し思ってたし……」
「ちょっとー、司さん落ち込んでないで次行きますよ次ー! それではまた後でー!」

謝り続けている歌川の言葉に聞く耳を持たず、緑川は会話を切って、落ち込んでいる藤宮を強引に引っ張りながら更に本部の奥へと続く通路の真ん中を浮かれた衣装のまま歩き始めた。

次にふたりが出会ったのは嵐山隊だ。偶然ミーティングルームから出てきた嵐山隊のメンバーは緑川と藤宮を見かけて声をかけた。

「緑川に藤宮さん!」
「嵐山さん! こんにちは! トリック・オア・トリート!」
「はい、チョコレート」
「やったー!流石は嵐山隊隊長!木虎ちゃんは?」
「木虎さんでしょ!はい、飴ならあるわ」

時枝からビスケット、佐鳥からグミ、綾辻から小さなドーナツを貰い上機嫌の緑川の横で、少し俯いている藤宮の顔を嵐山は覗き込むように見た。

「藤宮さんもチョコレートどうぞ!」
「あ、ああ、ありがとう」
「佐鳥もあげます! かっこいい狼さんですね!」
「私からも、その、飴しかなくて申し訳ないのですが貰ってください」
「いつもお世話になってます」
「オペレーターが必要な時はいつでも言ってくださいね!」

掌にどんどんと追加されていく小さなお菓子達はハロウィン用のものらしく、オレンジを基調とした可愛らしいパッケージになっていて、少なからず心が踊った。

「なぁ佐鳥、これどう?」
「あっ! 尻尾だ! 藤宮さんかっこいいんで狼も似合いますが吸血鬼とかも見てみたいです!」
「ほんと?」
「佐鳥は嘘をつきません!」

佐鳥が可愛くて頭をぐりぐりと強めに撫でると「くすぐったいですよー!」と明るい声が返って来た。

「いやー、この歳で仮装するのかって菊地原に言われちゃってさー、それもそうだよなって落ち込んでたんだよ」
「なるほど、でもこういうのって自分が楽しめたらそれでいいと佐鳥は思います!」
「俺も賢と同意見です!」
「嵐山、俺、嵐山隊に入りたい」
「はいはーい! 司さん次行きますよ次ー!」

またもや緑川はお菓子を貰えたら他はどうでも良いといった様子で、またあとでー!と左手で手を振りながら右手で藤宮の腕を掴み、別の隊員を探すために歩き出した。

しかしながらもう辺りに隊員は居らず、緑川のテンションは少しずつ下がっていく。

藤宮はそろそろ昼になり眠る時間なので部屋に帰してもらいたいと願ったが、どうやらそれはダメらしい。

ちょっと辺りを見てきますねー!と離れて行った緑川の背中を見送ってラウンジのソファに身体を預けるとゆっくりと瞼が降りていった。

◇◆◇

「あれ? 太刀川さん、耳が見えます」
「耳? あ、ホントだ」

太刀川と出水が昼食を終えて隊室に戻ろうとすると、自動販売機の前にあるソファの背から黒い頭が見え、その上の黒い耳がゆっくりと動いている。

二人でソファをぐるりと回ると黒い耳を着けた藤宮が座ったままぐっすりと眠っていた。

「熟睡っすね」
「だな」

24歳にしては少し幼い顔をして眠っている藤宮を二人して少し眺めていたが、このまま寝かせるのも風邪をひいてしまうかもしれないと、太刀川は肩を軽く叩いてみても起きなかった。

「出水ー、俺が背負って部屋まで運ぶから手伝え」
「うっす」

太刀川が藤宮の腕を持って肩に背負い、出水が腰を持って藤宮の身体全体を太刀川の背に乗せた。

「あっ、太刀川さん。藤宮さん尻尾ついてますよ。すげー」
「はっ!?」
「ぶはっ!太刀川さん何想像してるんすか、これですよこれ」

出水がベルト通しから金具を外した尾を太刀川の目線へ持っていくと、太刀川は納得したようにため息をついた。

「驚かせんなよ」
「だからナニに驚いたんすかー?」
「お前本当にやらしーな」

ケラケラと笑う出水は藤宮の部屋に向かって歩く太刀川のぐるぐると回って、藤宮を観察していた。

「それにしても何でこんな格好であんな所に寝てたんですかねー?」
「さぁな。服装はハロウィンだろうけど、どうせまた誰かに捕まったまま帰してもらえなかったとかだろ」
「それ毎回レポート手伝ってもらって寝かせてあげない太刀川さんが言いますか」
「俺は藤宮さんを捕まえても最後まで面倒みてるっつーの」
「ぶっは、藤宮さんかわいそう! 断ればいいのに!」

ケラケラがゲラゲラに変わってくる頃、部屋の前に着いた太刀川達に駆け寄って来たのは緑川だった。

「あー! こんな所に居た! 司さんを返してくださいよー!」
「お前か! 藤宮さんを捕まえてたのは!」

出水が拳を握りしめて緑川の頭の上をグリグリと押さえつけると、緑川は半泣きになりながら「いずみん先輩痛い! 痛い!」と訴えかけた。

「だってハロウィンだし司さんと遊びたかったんだもん!」
「いや、俺は分かるぞ緑川。藤宮さんが一緒に居れば少しくらいはしゃいでも忍田さん達は多めに見てくれる。そういうことだろ?」
「流石太刀川さん……!」
「おい」

出水は二人の会話を遮って無理やり太刀川を部屋に押し込み、ついでに緑川を遠ざけようとしたのだが、するりと出水と太刀川の間を抜けて、藤宮の部屋へと入っていく。

「あー! お菓子ありますよ! いずみん先輩!」

テーブルの上に広げられていたのは可愛いハロウィンの絵柄がプリントされたラッピング袋で、その横にはお菓子が散乱していた。既にラッピングされたお菓子の詰め合わせは、かぼちゃ型のメッセージカードが付いた紐で封がしてあり、よく見ると名前が書いてある。

「せんぱーい! これ先輩の名前が書いてありますよ! あ! こっちはオレのだ!」
「はぁ?」

出水が手に取って見ると確かに『出水へ 米屋に勉強教えてあげて』と書いてあった。

「おいおい、もしかして知り合い全員に渡すつもりか?」
「ラッピングの数を考えるとそうみたいっすね」

太刀川は呆れながらもソファの上に藤宮を寝転ばせ、出水と緑川に近づき自分の名前を探すと、作りかけのメッセージカードに『太刀川へ レポートちゃんとやれ』と書かれており、ご丁寧に『レポートちゃんとやれ』の部分には蛍光ピンクのマーカーがひかれていた。

「ぶっは!太刀川さんのマーカー引いてある! ウケる!」
「ウケるな。ほらさっさと出るぞー」

布団を出そうかと思ったが、ソファの上に寝かせた藤宮の上に掛け布団を被せ、太刀川達はそっと部屋を出た。

◇◆◇

藤宮が目を覚ますと壁に掛かっている時計は17時48分を示しており、一瞬思考が停止した後、叫び声を上げながら飛び起きた。

完全に寝坊。そして遅刻。

身なりも服装も整えず、とりあえずトリガーを起動させて換装体で寝起きを誤魔化そうとした時だった。

「あっ、起きてる。藤宮さんおはようございます」

扉が少しだけ開いて、外から迅が顔を覗かせた。

「え? 何? 急いでるんだけど!」
「藤宮さんは今日お休みだから大丈夫です」
「は?」
「俺のサイドエフェクトで分かってたんで、今日の夜間防衛は他の人に代わってもらってます」
「はぁ、びっくりして損した。で、迅は何で来たの? これを伝えるならメールで良かったよね?」
「ちょっと一緒に来てもらいたい所があって。待ってますから支度して来てください。耳と尻尾はそのままですよ」

訳が分からず頭を傾げながらも支度をし、残り少しだったお菓子の詰め合わせを作り終えて紙袋に乱雑に放り込んでから部屋を出ると、迅が扉の横で待っていた。

「部屋の中で待ってても良かったのに」
「藤宮さんそれ見られたくないかなーと思って」
「そんなこともないけど、はいどうぞ。ハロウィン」

歩きながら紙袋を指差す迅は中身が分かっているのだろう。そんな相手に隠していても意味が無いので、迅用のお菓子を取り出して渡すと、お菓子の袋はまるで壊れ物を扱うような丁寧な手つきで受け取られていった。

「ありがとうございます。俺達も目的地に着きましたよ」
「え?ここ会議室じゃん」
「いいからいいから」

正確には普段は使われていない多目的ルームなのだが、少し離れた位置にあり、ほぼ会議室と同じ大きさで完全防音なのでそう呼ばれている。それに、実際ここを有効活用した前例は無い。俺自身、最後にここに来たのはすごく昔だ。その時は防音が珍しく感じて、部屋の真ん中で防音最高!って大声で言った記憶がある。

そんなことを思い出しつつ、よく分からないまま扉を開けると、絵に描いたようなハロウィンパーティーの会場が出来上がっていた。

「藤宮さんハッピーハロウィン」
「とりまる、言うならもっと明るく言ったらいいと思う。ところで返事は何て言えばいいの?」
「『今日の君は素敵だね』って言うんですよ」
「そうか。おっ、小南! それは赤ずきん?」
「藤宮さん! ハッピーハロウィン! えっと! そうです! 藤宮さんも、その衣装似合ってます!」
「俺は緑川に借りてるだけなんだけど、そう言って貰えると嬉しい。小南は今日も素敵だね! 俺とセットで赤ずきんの仮装になったな!」
「へっ!? えっ!!」

恥ずかしさに顔から火が出そうな小南を少し離れた位置で見ていた木崎は迅に、「烏丸の嘘を訂正しなくていいのか」と相談を持ちかけたが、「面白そうだしこのままで」と返されていた。

「そうそう、みんなにお菓子があるぞー」

藤宮のその言葉に釣られて遠くに居たボーダー隊員達も駆け寄ってくる。

「司さーん!」
「緑川、もしかして朝言ってた『また後で』ってこれの事だったのか?」
「そうですよ! 司さんへはサプライズだからと迅さんから言われていたので言いませんでした!」
「はぁ、まあいいや、じゃーん! これお菓子ね」
「ワーイヤッター」
「何で棒読み!?」

緑川はお菓子があることを知っていたとは言い出せず、今知ったように喜ぼうとしたが、誰がどう聞いても棒読みになってしまったのは悲しいことに、演技力の問題である。

「あれ? そう言えば何で俺部屋で寝てたんだ? 緑川知ってる?」
「イエ、普通ニ部屋ニ戻ッタンダト思イマス」
「緑川大丈夫かおまえ?」

藤宮は会場内に居た全員にお菓子を配り終えると、テーブルの上に置かれたジュースとお菓子を摘まみつつ、ハロウィンってこんなパーティーをするものだったっけ?と浦島太郎のような気分で久しぶりの休暇を楽しんだ。

◇◆◇

「小南先輩! あの耳と尻尾はいつ返せばいいですか?」
「バカ! 藤宮さんに聞こえちゃうでしょ!」

20151108
2015年ハロウィンリクエスト『夜の鷹番外編。夜勤明け男主が緑川に見つかり、流れでA級各隊を一緒に回り、最後は玉狛からお迎えが来て、ハロウィンパーティー』
リクエストありがとうございました!
小南ちゃんは藤宮とペアのコスプレをしたかったから緑川にこっそり頼んでいるといい。



夜の鷹 番外編
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