見つけてくれてありがとう
18歳組とわちゃわちゃ。

鈴鳴第一の玄関を開けると、そこにはたくさんの靴が散乱していた。

いつもなら鈴鳴第一のメンバーの靴しかない玄関は、見たこともない量の靴によって急に狭くなったと感じるほどで、決して乱雑ではないけれど綺麗に整えられていない靴はスニーカーとローファーの2種類。中からはなにやら賑やかな声が聞こえてくる。

邪魔をしては悪いのでそっと気をつけて中に入ると、村上先輩に熱弁をしている荒船さんが真っ先に目に入った。

「だから、鋼はもう少し前線に立ってだな!」
「いや、そうすると来馬先輩と太一が……」

どうやら荒船さんの意見は聞いてもらえないようだ。でもそれは仕方ない。鈴鳴第一には鈴鳴第一の戦い方があるし、それは村上先輩が一番曲げないところだ。

「あ、葵ちゃんおかえり〜」

こっそりと中に入ったつもりだったのに、私に背を向けて座っていたはずの犬飼先輩が私に気づいて、手を振りながら出迎えた。

「ただいまです。みなさんいらっしゃいませ」

犬飼先輩の声に気がついて、集まっていた人が全員顔をこちらに向けた。

話していた村上先輩と荒船先輩、それに出迎えてくれた犬飼先輩に加えて、北添先輩、影浦先輩、穂刈先輩、当真先輩もいる。

全員に挨拶をされて、こんなにも大勢の男の人に挨拶されるなんて初めてだと、ちょっとドキッとしながら任侠ものの映画を少し思い出してしまった。『[あね]さんおかえりなさい』って出迎えてくれるやつ。そんな気分だ。

挨拶もそこそこにまた話し始めた先輩方が囲んでいるテーブルの上には何もなくて、ああ、お茶を用意しなければと、私はキッチンに向って歩き始めた。

村上先輩はご自身のコップを使ってもらうとして、あとはいち、に、さん……、6人かな。これはお茶とコップを別にして持って行った方が良さそうだ。

人数分のコップと先日買ったクッキーを棚から出して、またリビングに戻ろうとした時、私の背後が急に暗くなって、振り返るとそこには影浦先輩が立っていた。

「ど、どうされましたか?」
「ん」

手を前に差し出された。なんだろう。握手かな、握手でいいのかな。戸惑いながら影浦先輩の差し出された手を握ろうとすると、スッと手を下げられた。

「ちげぇよ。それだ、それ」

先輩が指で示した先には私が持って行こうとしたお茶とクッキーがあり、よく分からないと頭を頭を捻ってしまった。

「喉、乾いていましたか?」
「手伝ってやるって言ってんだよ」
「えっ、あ、ありがとうございます。お言葉に甘えてお願いします」

トレーを持ってくれた先輩にありがとうを伝えると、率先して重いコップが乗ったトレーを受け取ってくれたので助かった。

リビングに戻るとまだ荒船先輩が村上先輩にランク戦と通常防衛任務の違いを熱弁していて、いつもは素直に聞いている村上先輩も、眉を下げて困り顔だ。

その様子にお茶を用意したら助け舟を出さねばと思っていると、北添先輩がにっこり笑いながら影浦先輩に近づく。

「カゲはそれを手伝いに行ってたんだねぇ。急に席を立つからゾエさんびっくりした」
「別に言う必要もねぇだろ」
「何も言わなかったから鋼が葵ちゃんのことずっと心配そうに見てたよ」

『ずっと葵ちゃんの傍に行こうとしてたのに、荒船の話から逃れられなかったけどね』と続けた北添先輩の真意が分からず村上先輩の方向を向くと、村上先輩は荒船先輩の背中を思い切り押して、自身は荒船先輩の背中に隠れてしまった。驚いた荒船先輩と、それを見て笑っている当真先輩が何とも楽しそうなので、深くは聞かない方が良さそうだ。

「ところで、みなさんはなぜ鈴鳴に来ているのですか?」
「ああ、勉強会ってことになってるな」
「勉強会……」

机の上には何もない。これはツッコミを待っているのだろうか……。いや、これからだ。きっとこれから勉強をするんだ。たぶん。

「なーなーカゲ」

当真先輩がスッと立ち上がって身振り手振りを添えながら、ユズルの狙撃の構え方が〜と影浦先輩に話しかけ始めた。どうやら勉強はもう少し先になりそうだ。

「いや、絵馬は普段イーグレットだろ?それならもっとアイビスを使わせたらどうだ?ランク戦見てたけどアイビスでもなかなかいい腕前だった」
「ライトニングでもよくないか、アイビスであの威力なら」

ああっ、荒船先輩と穂刈先輩も話に加わり初めてしまった。これはもう勉強どころじゃない。それぞれが楽しそうに話している中で、お茶の量だけが急激に減っていく。

冷蔵庫にもう1本だけ2リットルのペットボトルに入ったお茶があるけれど、これは早い段階で無くなりそうだなぁ。ここに私が居てもお邪魔だろうし、買いに行くべきか。

「おい、待て」
「何でしょう影浦先輩」
「チッ」

なぜ舌打ち……。話を振られたのは私だというのにこの仕打は悲しいですよ。

「オイ、鋼」
「ん? 何だ?」
「コイツが困ってるから話を聞いてやれ」
「そうなのか? 何か困ってたか?」

村上先輩がこちらを見て首を傾げた。困ってることはないのだけれど、この場にいても邪魔かな、と思うくらいだ。

「えっと、お茶でも買いに行こうかな、と思いまして」
「お茶?ああ、気が付かなくてごめんな」
「いえ! 私が勝手にやっていることなので!」

シュン、と落ち込んでしまった村上先輩を見るととても悪いことをしてしまった気分になってしまう。

「いや、俺も一緒に行こう」
「そうだぞ、行って来い、行って来い!」
「当真は静かにしていてくれないか」

当真先輩にぐいぐい背中を押された私と村上先輩は、あっという間にリビングから追い出された。

「村上先輩すみません。折角みなさんとお話ししていたのに」
「いや、色々任せてしまって申し訳ない。それにあいつらとはいつも話しているからな。葵との時間も大切にしたい」
「えっ、あっ、ありがとうございます」

ほら行くぞ、と差し出された手をとって、私達は近くのコンビニエンスストアまでの短い距離を少しだけゆっくりと歩いた。



「鋼たちはもう出かけたか?」

窓を覗いて楽しそうにしている犬飼に荒船は声をかけた。

「うん。楽しそう。あの方角だと近くのコンビニかな。鋼はもっと『スーパーの方が安い』とか言って遠回りすればいいのに」
「そんなやつじゃないだろ、鋼は」

頬を膨らませながら文句を言う犬飼を穂刈が止める。

ふたりが気になったのか荒船と当真が窓の側まで来たが、たった今、曲がり角の奥に消えてしまったところだったので、犬飼はまたケラケラと笑った。

20160202
葵ちゃんが無意識に誰かに送っていたヘルプに影浦が気づいてくれたら嬉しい。
タイトルは、気持ちに気づいてくれた影浦への感謝と、その気持を汲んでくれた村上への感謝です。




すずなりデイズ
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