村上鋼とハロウィン

ハロウィン、と言われても、夕方や夜に仮装して、街を練り歩いて、お菓子を貰ったりあげたりするものだろうと答えるくらい辞書的な意味でしか把握していないが、最近ではハロウィンパーティーなんてものもあるし、お化けや吸血鬼のような怖がらせる仮装ではなく、漫画やアニメのコスプレをすることもあるらしく、そもそも子供が大人にお菓子をもらう日だったようなそうでないような、定義が分からなくなるくらいには多様化していると思う。

ボーダー本部も内装が有志によってハロウィンのデコレーションされていたり、たまにすれ違う人が魔女を意識した帽子をかぶっていたりした。

そんな中、オレは普段と同じ生活をしていて、午前中は荒船と模擬戦をした。荒船に午後の予定を聞くと、荒船隊は防衛任務だ、と、ハロウィンにさして興味もなさそうにさっさと昼食を食べて任務に出かけていった。

嵐山隊はハロウィンを利用した広報として近所の小学校をお菓子を持って回っているらしい。近界民に対しての避難訓練も兼ねているそうだが、嵐山さんは狼の耳をつけていたとかいなかったとかで女性陣は盛り上がっていた。

そんな中、本日の鈴鳴第一は非番である。

「今日はハロウィンですよ! 村上先輩!」

だからお昼休みに葵からこんなことを言われてもどのように答えれば良いのか分からなくて、言葉が口から出てこない。

どうやって答えればいい?「仮装するのか?」「お菓子を貰ったのか?」「パーティーに行くのか?」どれも、これだと思える返答が見つからなくて泳ぎがちになってきた視線を前に戻すと、葵が心配そうな顔でオレを見ていた。

「村上先輩?」
「っ、すまない」
「もしかして先輩ハロウィン嫌いでしたか?」
「いや、そんなことはない。ただ、何をしたらいいのか分からなくて……」

葵の頭の上に疑問符が浮かんだのが分かる。

「えっと、そう言えばそうですよね。とりあえず仮装してお菓子をもらいに行けばいいですかね?」
「仮装……」

とりあえず、と言ったところに計画性のなさが伺えるが、この際それは置いておくことにしよう。

「仮装するものを何か持っているのか?」
「何も準備してませんでした……。お菓子をもらう事しか考えてなくて……」

その答えがとても葵らしくて可愛いと思った。お菓子を貰うことが一番の目的だったのだろう。ひとつの事を考える周りが見えなくなるのはいつになっても治らないな。

「そうだな。とりあえず近くのデパートに行くか」
「はい!」

◇◆◇

提案したはいいものの、流石デパート、内装はハロウィン一色で、ハロウィン限定商品なんてものもちらほらと見える。ハロウィンってこんなにもメジャーなイベントだっただろうか。

「村上先輩見てください! ハロウィン限定のパンプキン味! 美味しそう!」

仮装や配るお菓子を見に来たはずなのに、いつの間にか葵はふらふらと色々な服の店舗に入っては、このニットは冬にも着れそうだからいいな、とか、そろそろブーツも欲しくなるなぁ、とか、ハロウィンに全く関係のない思考にシフトチェンジしており、そうかと思えばフードコートにあるアイスクリーム店のショーケースを見ながらチャレンジ精神が有り余る味を見て瞳を輝かせていた。

「食べるか」

そう言うと、その言葉を待っていましたと言わんばかりの花を咲かせたような笑顔で注文を始めた。

「村上先輩は何を食べます?」
「特には……」

たくさんの種類のアイスを目の前に、何が良いのかさっぱり分からなかったので、選択を葵に委ねると、そうですね、と少し悩んでビターチョコレート味を注文していた。

店員がレジに立ち、お支払いはご一緒ですか?と尋ねてきたので一緒で、と札を出すと葵がバタバタと財布を取り出そうとする。

「いいから」

財布を取り出そうとした手の上からオレの手を乗せてそっと静止すると「ありがとうございます」とお礼を言われた。

適当な席に座ってアイスを食べ始めた葵を見ながらオレもビターチョコレート味を口に入れた。少し暑いと感じていた店内だったがひんやりとした冷たさに嬉しくなる。葵はというと、黙々とアイスを頬張っていた。

「村上先輩! これなかなか美味しいです! どうぞ!」

差し出されたスプーンの上には少し濃いオレンジ色のアイスがひとくちのっており、葵はさあどうぞ!と更にスプーンを近づけた。

「えっと、その、いいのか?」
「はい!」

あーこれは言わない方がいいかもな、と出来る限りスプーンに口を付けず、歯を使って口の中にアイスを運ぶと、程よい甘さのかぼちゃ味だった。

「どうです?」
「意外と美味しいな」
「そうですよね! 美味しいです!」

オレのアイスのカップが空になり、葵のアイスが半分より少し減った頃、フードコートに設置されている時計を見ると17時を少し過ぎていた。

「ところで葵」
「はい?」
「ハロウィンはどうするんだ?」

はっとした顔でこちらを見てくる葵に少しだけため息が出た。完全に忘れていたらしい。

「お菓子全然貰ってません!」
「そっちか」

どうしよう、と考え始めた葵にとりあえず早くアイス食べないと溶けるぞと言うと、それもそうだとまた小さな口で黙々と食べ始めた。

「……お菓子か」
「どうかしましたか?」
「ちょっと買いたいものがあるから葵はここでちょっと待っててくれ。すぐに戻る」
「……? 分かりました」

葵をひとりにさせるのは少し心配だったが、それよりもお菓子だ。

食品売り場に足早に向かうと分かりやすいほどに大きなハロウィン特設コーナーが設けられており、お菓子はパーティー用から配りやすい小分け袋がたくさん入った大入り袋や、かわいいラッピングが施されているものと多種多様で、どれがいいのかさっぱり分からない。

少し悩んでみたものの正解があるわけでもないのでジャック・オー・ランタンの形のプラスチックの籠に入ったお菓子の詰め合わせを購入して、また足早にフードコートへ引き返した。

フードコートに戻ると葵はアイスを食べ終わったのか口元を紙ナプキンで拭いていた。

「待たせた」
「いえいえ! 全然待ってませんよ!」
「葵、これ」
「わー! 可愛い! お菓子だ!!」

少々子供っぽかったかと思ったが、どうやらこれで正解だったようだ。

さて、オレも少しはハロウィンらしいことをするかな。

「タダではあげられないぞ」
「えっ?」
「葵、ハロウィンなんだろ?」
「あっ! わかりました!」

すっと息を吸った葵は元気よくオレにこう言ったのだ。



20151101
2015年ハロウィンリクエスト『村上鋼と過ごすハロウィン』
リクエストありがとうございました!



すずなりデイズ
3/4