彼女の背後で世界は終わる

高校生になって、色々とリセットされるものがある。

その中でも交友関係は最たるものだろう。

あの日、高校に入学したばかりの頃、はじめましてが飛び交う春の教室で俺は、ひとり静かに空を眺めていた。

雑踏の中で新しい友人をつくる気分になれず、近づいて来た人にだけ軽く挨拶をする程度で済ませた。運が良いことに同じクラスに奈良坂が居たので、何かあれば奈良坂に聞こう、と安心していたのかもしれない。

あれから数日が経ち、クラス内でグループが出来始めた。

俺も奈良坂も任務で授業に出られないことが多く、授業内容はお互いが教え合っていたが、ある日の朝、俺が登校すると机の上に見慣れないふせんが貼ってあった。

辻くんへ
お休みの時に数学の課題が出ました。
問題集の第1章 章末問題をノートに解いて、
金曜日までに私に渡してください。
綾瀬 夏希


綾瀬、確かあのボブとも言えずショートとも言えないくらいの長さの濃い茶髪の女子だ。夏希って名前だったのか。顔は思い出せないが、俺の席から見える右斜め前の最前列に座っているあの子。確か数学係を任されていた気がする。だから俺の机にこれがあるのだろう。

小さな花柄が右下にふたつ印刷された淡いピンク色のふせんに、少し癖はあるが綺麗な文字が書かれていて、その文字を思わず指でなぞってしまった。

さて、返事を書かなければ。

ありがとうございます。
ノート、机の上に置いておきます。
お願いします。


とりあえず自分の持っていた薄い青いふせんに返事を書いてみた。

最初は何度も綾瀬さんへと文頭につけようとしたが、どうしても手が震えてしまう。名前だけなのにトクトクと脈打つ心臓を落ち着かせて、名前を後回しにお礼の文を書いたが、宛名も必要だろうか。無くても大丈夫だろう。そういうことにしておこう。

俺は震える手で書いたそのふせんをノートの内側に貼り、綾瀬さんからのふせんは教科書の背表紙の内側に貼った。

◇◆◇

翌日、俺はノートを手に綾瀬さんの席の前に立つ。

女子にノートを手渡しするのはおそらく無理だとふせんに返事を書いた時点で結論つけた俺は、いつもより20分早い時間に登校し、今、人の居ない教室で綾瀬さんの机の上にふせんを貼り、その上からノートを置いた。

手紙を渡すようで恥ずかしかったから、ふせんはノートの下にしたが、失礼ではないだろうか。しかし自分にはこれが精一杯で、そっと席を離れた。

それから段々と教室には人が増えていき、やがて綾瀬さんも登校した。伏し目がちにはなるが遠くからなら綾瀬さんを眺めても大丈夫だった。

ああ、あんな顔だったんだ。涼しげな目元と透き通るような少し薄い茶色の目。可愛いよりは美人とか綺麗、と表現されるような顔だろう。

綾瀬さんは俺のノートを手に取り、机に貼ってあったふせんに気づいた。

しばらく立ち止まり、読み終えたのかふせんを剥がして、バッグの中から小さなノートを取り出し、そこに俺のふせんを貼った。

捨ててくれて良かったのに。

20151214



特別な黙字をきみに捧ぐ
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