春の嵐の意味を知る

春の柔らかい雨が降る朝。

俺は普段通りに教室の戸を開けた。

男女入り乱れる教室で、どのルートを通れば女子に近づかないようにできるか、俺の頭はただそれだけを考える。早めに登校する手段もあるが、早く学校に行くと「辻くんおはよう! 早いね!」なんて、お節介な会話を始める人種がいることは小学生の頃に学んだ。

だから、出来る限り無難に、早すぎず、遅すぎず、普通に、登校して何事もないように席に座る。

だが、今日はそれができない。

俺の席の横で綾瀬さんと奈良坂が何か会話をしている。どうしようかと迷っていると奈良坂と目が合った。

それと同時に綾瀬さんが振り返り、驚いた顔をする。

「辻くんおはよう。ごめんね」

そう言い残して綾瀬さんは足早に俺の席から離れる。

謝らなくていい、と言いたかった俺の口はそのまま噤んでしまって、綾瀬さんは振り返らずに遠くへ行ってしまった。

「辻、どうした?」
「いや、なんでもない」
「そうか。しかし下唇を噛むのはやめた方がいい」

はっ、と思わず口を開けた。切れてはいないが下唇はヒリヒリと痛む。

「奈良坂は、…………、」
「なんだ?」
「奈良坂は、……綾瀬さんと仲がいいのか?」
「いや、今日は雨だから体育が男女合同で体育館になると聞いただけだ」
「そうか」

話しを終えてふと自分の席に目を落とすと、机にはまたふせんが貼ってある。

辻くんへ
今日の体育は男女合同で、体育館で行います
綾瀬


俺の目線に気がついたのか、奈良坂が目線を落とす。

「ああ、綾瀬がお前の机に何かしてたのはこれだったのか」
「見てたのか?」
「何かしていると思ったから声をかけたんだ。直ぐに背後に隠されたから分からなかったが、それだったのか」

なるほど、と頷く奈良坂は何かを納得したようだった。

俺はまたふせんを剥がして数学の教科書の裏表紙の内側に貼る。

綺麗な2枚のふせんが上下に並んだ。

「ほら、行くぞ」

奈良坂の後に続き、体操服を持って教室を出た。

◇◆◇

体育の授業は体育館を半分に分け、男女に別れてバスケットボールだった。

「すごーい!! かっこいいー!」

体育館に終始響き渡る女子の声の先に綾瀬さんがいる。

バスケットボールを巧みに操り人を抜き、最後は華麗にシュートを決めるその姿は男の俺から見てもかっこいい。

「すごいな」

俺と同じチームだった奈良坂も綾瀬さんのプレーに驚いていた。

授業が終わり、汗を拭いながら更衣室に向かう綾瀬さんの前に、ひとりの男子生徒がボール片手に足早に近寄って行った。

「ねぇ! 俺と1on1、やってくれない?」
「……、いいけどどこで?」
「ここで!」
「……早く終わらせよう」

心底嫌そうな顔をしながらも了承を出したのは、断るとさらに面倒なことになりそうだからだろうか。

「ルールは?」
「3点先にとった方が勝ちでどう?」
「いいよ。先攻は私でいい?」
「分かった」

パスされたボールを受け取り、そのまま流れるような動きで綾瀬さんの手から放たれたボールは綺麗な弧を描き、ゴールへ吸い込まれていった。

「ノーモーション……」

バスケットボールに詳しくはなかったが、奈良坂がこぼした言葉の意味は理解したつもりだ。

鮮やかなスリーポイントシュートを決めた綾瀬さんは目線が合った俺に無表情のまま手を突き出してピースをしたあと、俺の横を走り抜けて友達の元へと戻っていく。

風で揺れる彼女の髪に俺の心臓が跳ねた気がした。

20151231



特別な黙字をきみに捧ぐ
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