食べてしまえば皆同じ

サイハテは誰にでも訪れる の続編。ふたりでお食事。

食堂に来た東の目が最初に捉えたのは、だらりと手足を投げ出すように伸ばし、額を机の上に乗せて伏せている蒔田の姿だった。

「由紀、由紀」
「んぁー、師匠ですかー。こんにちはー」
「はい、こんにちは。で、何をしてるんだ?」
「何もしてないです。ただこうして空腹と戦っているんです」
「完全に負けてるじゃないか」

へへへ、そうですね。と笑う由紀の額は机に押し付けていた痕が赤く残っている。

その赤くなっている額に思わず手のひらをぴったりとつけると由紀は不思議そうに俺を見上げた。

「師匠、俺、風邪引いてないですよ?」
「いや、痛くないのかな、と思って」
「え?何で?」
「お前何分ここに額つけてたんだ?真っ赤だぞ」
「えーっと、師匠が来る前に奈良坂さんに起こされたのが11時50分だったから……、40分くらいですかね?」

呆れた、と東は12時30分頃を指す時計を見ながら盛大なため息と共に肩を落とした。

「仕方ない。何が食べたいんだ?」
「ハンバーグプレート! デミグラス! デザートセットで!」
「はいはい、プリンだよな? 買ってくるから待ってろ」
「やったー! プリン! なかったらみかんゼリーで!」

選べるデザートを楽しそうに宣言する由紀に少しだけ安心した。先程までのぐったりした様子はどこにいったんだ。

足早に移動して、ハンバーグプレートをデザートセットで注文し、由紀のお願い通りにプリンを選択。早く由紀の元に持って行ってやりたい。はやる気持ちを落ち着かせながら出来上がるのを待っていると後ろから声をかけられた。

「あずまさんこんにちは」
「ああ、空閑か。どうした?」
「この"デザート"って何だ?」
「簡単に言えば"菓子"だな」
「どら焼きみたいなものか。あずまさんは甘いものが好きなのか?」
「いや、これは俺の弟子の由紀の」
「ほうほう。そいつはそれが好きなのか?」
「好物のひとつらしい。プリンって言うんだ」
「よし、おれも食べてみるよ。ありがとう」

納得したように頷く空閑は俺を見ながら料理を受けとると「あずまさんは優しいんだな」と言ってまたどこかへ行ってしまった。近界民[ネイバー]だからと距離をとっている者もいるが、根は素直でいいやつだから、由紀とも仲良くなれるかもしれない。今度迅か三雲にあったら声をかけておこうか。

そんな事を考えながらハンバーグセットののせられたプレートを両手に席に戻ると由紀はまた机に伏せていて、やる気というものがまったく見えない。任務や訓練ではとても高い集中力をみせるのに、日常生活においてはどうしてここまでやる気がないのか甚だ疑問である。

「由紀、起きろ。買ってきたぞ」

その言葉にがばりと飛び起きた由紀は目を輝かせてハンバーグを見つめた。

「ありがとうございます! いただきます!」

ちゃんと手を合わせて「いただきます」をした由紀はナイフとフォークを器用に使ってもぐもぐと口いっぱいに頬張って食べる。頬が膨らんでなんだか可愛い。

「ひひょうは?」
「口の中に入れたまま話すなって言ってるだろう」

口元を手で隠しながらはふはふと話す由紀を少しだけきつく叱ると、慌ててもぐもぐと口を動かして飲み込み、俺を見た。

「ごめんなさい」
「いいよ。それよりどうした?」
「師匠は何か食べないのかなと思って」
「ああ、俺か。今日は早めに済ませたんだ」
「なんだぁ。一緒に食べられるかなと思ったのに」

そう言いながら今度はナイフとフォークを箸に持ち替えてご飯を大量に口に入れる。

俺はその様子をただ何もせずに見るだけなのだが、飽きることはない。美味しそうに食べる様子は小動物のようで可愛いし、その顔はとても幸せそうで、俺も嬉しくなる。

しかしそんな俺の視界の奥、由紀の背後から荒船が何かを言いたそうにこちらに歩いて来た。

「東さん何してるんですか?」
「は! はあふえ、っ」

俺の言いたい事が視線で伝わったのか、荒船に挨拶しようとした由紀がまた慌てて口の中のものを飲み込もうと口を動かす。俺はすぐに荒船に返事をすることもできたが、そのまま由紀が飲み込み終わるのを待った。

「荒船先輩こんにちは!」
「こんにちは。で、東さんは何してるんですか?」
「由紀が行き倒れてたから助けた」
「行き倒れてないです! 空腹と戦っていただけです」
「負けてたけどな」

ぶーぶーと文句を言う由紀は何やら不服そうだがその気持はあまり理解できない。

「蒔田、もしかしてお前それ東さんに買ってもらったとか言うつもりないよな……?」
「え?何で?東さんが買ってくれました!」

これほどまでにいい笑顔があるのかと思える笑顔の由紀を見た荒船は「なんてこった」と言いながら頭に手を当てて天井を見上げた。

「東さん、ちょっと蒔田に甘すぎですよ」
「うーん、でも放っておくこともできないからなぁ」
「騙されちゃ駄目です。こいつが金を使わないのは来月発売するゲームが買いたいだけですからって、おいっ!」
「だめー!」

ばたばたと立ち上がった由紀はと荒船の口を押さえようと必死に荒船の身体に飛びかかる。

「内緒です! 内緒ですよ荒船先輩!」
「離れろ! 痛い! 俺の足踏んでる!」

荒船にしがみつく由紀の後ろ襟を引っ張って離してやると、借りてきた猫のように急に大人しくなった。

「そうなのか?」
「……ボーダーからお給料もらえるからお小遣いはないし、最近はイーグレットの練習ばかりで任務がなくて、広報とか書類整理とか、とにかく色々お手伝いしたけど少ししか稼げなかったから、どこかで切り詰めないと……」
「何でそれを先に言わなかった」
「貯金が少ないの言うの恥ずかしかったし」
「そうじゃないだろう。生活を切り詰めてどうする」
「ゲーム欲しいし……」
「違う。俺がイーグレットに替えたらからだろう? その時に何で言わなかった?」
「うっ……」

目がキョロキョロと色々な方向に動く。

「言いなさい」
「……」
「由紀」
「……だって、ゲーム買うのも、お金がないのも、子供っぽいじゃん」
「は?」

俺と同じように荒船もポカンとした顔をしていた。

「師匠にはもっと大人っぽい俺をみて欲しいっていうか……。嵐山さんが時枝先輩によくサポートをお願いするのは時枝先輩が冷静沈着で、考え方が大人っぽいからかなって思ったら、俺も師匠にそう思って欲しくて。だから、ゲームなんて子供っぽいかなって……」

もごもごと口を動かして必死に言葉を紡ぐ由紀は恥ずかしそうに目を反らす。そんな無駄なことを考えていたのか。

「はぁ……。それならプリンはなしな」
「やだ!」
「はぁ……、"欲しいものは欲しい"でいいんだ。あまり我慢はするな」

この流れを呆然と聞いていた荒船がついに声をあげて笑い出した。

「プリンか、よっ、ひっ、ふ、それで、大人っ、はははは!」
「何で笑うんですか荒船先輩!」
「だって、お前、ははっ、大人っぽくなりたいとか、まだまだガキじゃねぇか!」
「師匠にはまだしも荒船先輩には言われたくないです!」
「なんだと!今度の訓練で覚悟しろよ!」
「望むところです!師匠!アイビスの使用許可を!」

先日、アイビスが専門の由紀にイーグレットを使えるようになって欲しくてアイビスのチップをイーグレットに換えたが、こんなところに弊害がくるとは思わなかった。しかし、少し度が過ぎているが俺の言葉のひとつひとつを大切にして、ちゃんと守る由紀が愛しい。

「よし、許可する。思う存分やってこい」
「よっしゃあ!」
「でも今は食べなさい」
「はい!」

残り少なくなったハンバーグを食べ終わり、幸せそうにプリンを食べ始めたことにより大人しくなった由紀は年相応の顔をしていた。

「東さん甘過ぎですよ」
「そうか?」
「そうです」

荒船が去っていった後ろ姿を見送り、由紀へと目線を戻すとこちらをじっと見ていた。

「どうした?」
「はい! どうぞ!」

差し出されたスプーンにのせられたプリンはカラメルとの分量が最適でとても美味しそうに見える。

「好きだな、それ」

差し出されたまま、ぱくりと口にいれた久々のプリンの味はとても甘ったるかったが、美味しいものだった。

プリンも俺も由紀には特別に甘いらしい。

For Gai Ayane 20151201 Happy Birthday !!
お誕生日おめでとうございます。遅くなりまして申し訳ありません。いつもお話ししてくださりありがとうございます。

東さんにあーんするのは恒例行事のようだ。
20151203



食べてしまえば皆同じ