猫と探偵

今オレは蘭や園子と一緒にポアロに来ている。
蘭たちはそれぞれの話で盛り上がっておりこちらを気にも止めていない。
それをいいことにオレはカウンターを見張っている。

詳しくは、カウンターにいる客とポアロでバイトをしている安室さんを、だ。

安室さんはつい先日、公安警察、通称ゼロであり、本名は降谷零であることを知った。
そんな彼と親しそうに会話をしているのは名字名前。
数ヵ月に近くに越してきたという彼女はいつも黒い服を着ていた。

黒い髪に黒い服、白い肌に赤い唇。
整っている顔立ちの彼女はいつも口元に笑みを湛えていた。

彼女とも何度か殺人事件の現場で一緒になったが、彼女はいつも何もしない。完璧に知らぬ存ぜぬを貫く。
しかし、その実誰よりも早く真実にたどり着いているのではないかと思うことが多々あった。
犯罪手口や警察で使われている用語やルールにも詳しい。柔道は黒帯で実践経験もある。
最初は奴らの仲間じゃないかと疑っていた。灰原にも聞いてみたが、彼女のような人は見たこともないし奴らのような嫌な感じはしないと言う。

安室さんが公安の人間だったことを考えると彼女も公安の人間ではないだろうか。というのが、今のオレの考えだった。

「あ、僕、博士のところに行くって約束してたんだった!」
「えー!こんな時間に?」
「すぐ終わるからさ、晩御飯までには帰ってくるよ」

「あまり遅くならないようにね」
なんて言って蘭は園子との会話に戻る。
「あのガキンチョ、きっとあの灰原っていう美人な子に会いに行ったのよ」
なんていう園子の声は聞こえない振りをした。


「コナンくん。送っていこうか?」
先ほどまでカウンターで安室さんと会話をしていた彼女は車のキーをちらつかせた。




「ねえ、名前さん」
「なあに?」
「名前さんはさ、悪い奴らの敵、だよね?」
「………コナンくんにとって悪いやつってどういう人のことをいうの?」
いつも上がってる彼女の口角が少し下がった気がした。

「犯罪を犯すやつ…かな」
「私は、徒歩の時には信号無視したりするよ。大学に入ってまだ未成年の時にお酒飲んだこともあったし、法律で禁止されるていることをしてるね。全く『悪いこと』をしないで生きている人なんて、多分一人もいないよ」

緊張が漂う。
彼女が公安だと思ったからこその先程の問いだ。もし違うなら…。背中に冷や汗が流れる。

「犯罪組織は許せないけどね。多くの国民の命が危険に晒される。ねえ、コナンくん。聞きたいことがあるならスパッと聞いてもらってもいいかな。そうしないと沖矢さんの家にもう着いてしまうよ」

俺が実は博士ではなく沖矢さんに会おうとしていたことまで見破られていることに目を見開く。
と、同時にこの人には下手な偽装は通じないと思った。深呼吸をする。

「名前さんは何者?」
彼女と目が合う。
いつものつかみどころのない彼女ではない。まっすぐにこちらを見てくる彼女は安室さんにどこか似ていた。

「ゼロ」

あなたならこれでわかるんじゃない?
そう言って、彼女はわずかに口角を上げる。

「ほ、ほんとに?」
「おしゃべりはこれで終わりよ。博士のところに着いたわ。あと…捜査内容については家族にも話せない決まりなの」

「また、お話ししましょ。任務のこと以外でね」

自慢の愛車を走らせて颯爽と住宅街を抜ける彼女を見送る。




「安室さん、名前さんもゼロだったんだね」
彼女の正体を安室さんに突きつけたのは彼女と話してから数日が経過してからだった。

「…それは彼女がそう言ったのかい?」
「ああ。自分はゼロだって」

コーヒーを淹れる手を止め、こちらを憐れんだように見た。それも一瞬のことで、彼はすぐに何もなかったかのようにコーヒーを淹れる。

「コナンくん。それは彼女にからかわれてるんだよ」
「え?でも、警察関係の用語や事情に詳しいし、推理だって…」
「彼女はオレの警察学校時代の同期だからな。用語なんかについては知ってて当たり前だよ」
「じゃあ安室さんが知らないだけで公安にいるんじゃないの?」
「まあ、確かに公安は特殊だしそういうことはあるけど、彼女の場合はあり得ない。卒業と同時に警察を辞めているからな」
「そんなことあるの?」
「辞めること自体は珍しいことじゃない。ただ、卒業と同時に辞める人間は少ないんじゃないかな」
「彼女は今何をしてるの?」
「主婦」
「………は?」
「コーヒーできたよ。ブラックでよかったよね」
「ああ…ありがとう。じゃなくて!名前さん結婚してるの?でも指輪もしてないし主婦してるようには…」
「結婚はしてないようだけど、子供がいるって言っていたな。僕も会ったことはないんだけど……組織には所属してないことは僕が保証するよ」
「へ、へぇ…」
誰かの母親だということのほうが想像できない。彼女に遊ばれていた事実に探偵としての自分に自信をなくしそうだった。淹れてもらったコーヒーはいつもより苦い味がした。


◇◇◇


「コナンくんで遊んだろう?」
「え?もうバレたの?」
「ポアロにわざわざ言いにきたからな」
「コナンくんも暇だねえ。小一といっても宿題はたくさん出るはずなんだけどね。ウチの子も毎日大変そうだわ」
久しぶりに零と会った。話題は専らコナンくんの話。からかうのが楽しい。
彼は私の思惑通りに勘違いしてくれたようだった。

「でも私は公安の人間だなんて言ってないから。ゼロって言えばわかるでしょって言っただけで」
「子どもをからかうのも大概にしろよ」
彼はため息をつきながら焼酎を呷る。おしゃれではないただの居酒屋で焼酎を飲む彼は安室透らしくなかった。今の彼が好きだ。目の前に居るのは降谷零だと実感できる。

「子どもはいいのか?」
「きょうはサッカークラブで遅くなるのよ。クラブが終わるまでには帰る予定。家では飲まないし、たまには飲みたくなるのよ」
「…飲まないなんて意外だな。警察学校時代、教官の目を盗んで飲んでいたお前が」
「まあね。子どもがいると子ども中心の生活になるものよ」



◇◇◇



「ただいまー」
「おう。おかえり」
「あれ?もう帰っていたんだ」
「きょうは早く終わったんだ」
「そっかー」

ファミリー用マンションの一室が今の私と彼の家だった。
お風呂上りにいつも着ているTシャツと短パン、首にかけているタオルからついさっきお風呂を上がったことがわかる。

「うわっ。酒臭いな」
「久しぶりに零と会えてテンション上がったかも」
「……元気そうだったか?」
「うん。『仕事』は大変そうだったけどね」
「そっか…」

ダイニングテーブルに座り私は水を、彼は牛乳を飲む。
程よく焼けた肌に黒い短髪。鼻筋が通っていて少し吊り目な彼は小学3年生にして将来有望であることをうかがわせる顔だった。
そんな彼が数年前まであごひげを蓄えていた。だなんて一体何人の人間が信じるだろうか。

「ねえ。新しい学校には慣れた?」
「人と仲良くなるのは職業柄うまいんだ」
「頼もしいな。江戸川コナン君とも仲良くなれそう?」
「サッカーを通じて仲良くなろうと思ってな。来週学年対抗で球技大会がある。コナン君もおれもサッカーに出場するし、運よく同じチームになったからな。仲良くなるきっかけとしては最高だよ」
「期待してるよ。スコッチ」
その名前で呼ぶなよ。そう唇を尖らせる彼はどこからどう見ても小学生だ。組織に裏切り者として殺されたスコッチであることは誰にも分かるまい。

殺したはずの人間が生きている。それだけでも組織にとってダメージがあるはずだ。私と彼は私たちなりのやり方で組織を追う。

そして、いつか近い未来にまた、私と彼と零の3人で笑いあえたなら。できれば3人でお酒でも飲んで、言いたいことを言えるようになれるように。
その日まで嘘をつき続けよう。死ぬなんて論外。死なすなんてありえない。
外野だからできることもある。どんな手を使っても私は零より先には死なないし、零が死なないようにあらゆる手段を使うのだ。

「なあ。名前が警察学校をやめたのって理由があるのか?」
「……内緒!」



猫と探偵


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初短編です。
実は連載する時に考えていたお話の一つです。

降谷さん夢でスコッチ生存(幼児化)
スコッチに生きていて欲しい思いが強すぎて思わず幼児化です。主人公はミステリアスで深そうですが大して深くありません。思わせぶりな態度が上手いだけ。コナン君をからかうのは純粋に楽しい。そんな主人公を目指していたのですがなかなかむずかしい…