ブルータス、お前もか

自由だああああぁぁぁぁ!!!!

数年前に流行った芸人の台詞を叫び出したい衝動を抑え込んで私は歩く。

半袖のブラウスにタイトスカート、黒いパンプスを身につけ、黒い日傘をさして帰宅中の人たちに紛れて歩く。17時過ぎとはいえ、まだまだ日差しが強く日傘をさしている人も多い。私は一般人の中にうまく紛れ込めているだろう。

私の姿はそこら中にある防犯カメラには映ってしまうだろうが、顔は隠れているだろうし、服装だけで私だと特定することも不可能なはず。



私は所属していた組織を裏切った。
親が組織の人間だったため、生まれる前から組織への所属が決まっていた。
ただ、人殺しも情報収集も何もできないただの女である私の価値は、人質として優れていることだけだった。
私の姉は、私たち姉妹を組織から抜けさせるために大きな事件を起こして殺された。妹は、組織の科学者としてコードネームを与えられて頑張っていたが、姉の死を知らされて自殺したと、聞いた。
これで私の肉親は誰もいなくなった。
人質としての価値がなくなった私は用済みとして殺されるのだろう。

だから私は裏切った。逃げ出した。
準備はずっと前からしていた。妹と二人で逃げるのは難しかったが、一人で逃げるのなら、その難易度は格段に下がる。


走り出したい衝動を抑えて、一定の速度で歩く。まだ、ボロは出せない。

このまま電車に乗って、用意したマンションまで行ければ、一先ず安心だろう。


これからは年齢を誤魔化して高校生として生活する。そのための手続きもすべて終わってる。
頭も良くなく、度胸も、人脈も何もないただのお荷物のバカ女。それが組織の私に対する評価。ただ、私は組織が思っていた以上にずる賢かった。それだけだ。



◇◇◇



「ごめん!名前ちゃん空手部の先輩に呼ばれちゃって…」
「蘭ちゃん気にしないで。今度の合宿のことかもしれないし早く行かないと!」

「名前君ごめん!探偵の仕事が入っちゃったんだ!この埋め合わせは今度必ずするから!」
「えー!じゃあ今度購買部の焼きそばパン買ってきてもらおうかな!」

「ごめん!きょうテニス部のミーティングあるの忘れててさ!」
「園子ちゃんしっかりしないと…お茶はまた今度行こうね!」

上から蘭ちゃん、世良ちゃん、園子ちゃんである。帝丹高校に編入した私の大切な友人達である彼女たちのおススメの喫茶店へ行こうと約束をして5回、いや6回連続、こうしたトラブルがあり、まだ行けていない。
もう一生行けないんじゃないかという思いから、一人でも行ってみようと慣れない米花町の町を進んでいく。


カランカラン
「いらっしゃいませー」
カウンターに男性店員が一人いる。これが園子ちゃん一押しのイケメン店員か。色黒の肌、明るい髪色、青みを帯びた瞳、これだけを聞くとチャラそうだが、雰囲気が落ち着いているからか喫茶店の雰囲気にうまく合っていた。が、どこかで見たことあるような……?

そういえば、お姉ちゃんの彼氏にはライバルがいて、そのライバルの見た目に良く似ている。彼はコードネーム持ちで確かバーボンと呼ばれていたような…?

ヤバくない?
今さらだが、頭の中で警鐘が鳴り響く、彼が私のことを知っているかわからない。いや、探り屋として有名な彼だ、きっと私のことを知っている。だったら、できるだけ早く逃げなければいけない。躊躇している時間は、ない。

「お客様、ちょうど空いているので、カウンターへどうぞ」
腕を痛いくらいに掴まれる。え?え?早くない?さっきまでカウンターの中にいたじゃん…
バーボンは胡散臭いくらい優しい笑みを浮かべているが、その柔和な雰囲気とは違い腕を掴む力はそのままに無理矢理店内に引きづり込んで、カウンター席へ座らせる。

「帝丹高校の学生ですか?お名前は?」
「…初対面の人に言う義理ないと思います」
「…ホォ…名字名前さんですよね。蘭さんと園子さんが嬉しそうにあなたのことを話していましたよ。とても良い子が友達になったって」
ジーザス!!
私のこと良く思ってくれて、そう紹介してくれてありがとう!私も蘭ちゃんや園子ちゃんのこと大好きだよ!でも!!言う相手がまずかったーーー!

「良い子だと聞いていますが、組織を裏切るなんて悪い子、ですね」
入店したときに見えた彼は、いかにも好青年といった雰囲気だったが、今目の前にいるのは組織の探り屋、バーボンだ。心なしか瞳の青色がくすんで見える。

「…組織?何の話ですか?私、転校してきたばかりでまだ部活には入っていないんです」
意味はなくてもこの嘘をつき通さなければならない。認めたら本当に殺されるだけだから。生きるために一般人に溶け込む必要はあったが、必要以上に警戒心を無くしていた自分が腹立たしい。

「思ったより強情な娘だな。少々手荒くいかせてもらうか」

手荒く?さすがに2階には毛利探偵事務所があるしここで拳銃をぶっ放すことはないだろうが、スタンガン?毒?何が来るのだろう。

「あなたには僕と一緒に来てもらいますよ。大丈夫です、あなたが余計なことさえしなければ衣食住は僕が保証しましょう」
「保証してくれるという保証は?」
「僕にとってあなたは価値のある人間です。価値のあるものを壊そうとする人はいませんよ」

今まで監視の人間を含めて多くの組織の人間を見てきた。皆、例外なく瞳の奥に暗い闇のようなものを抱えていた。今目の前にいるバーボンも、きれいな青色がくすんでいるが、その奥の奥の奥に光があるような、気がする。



「名前さん、こんなところにいたんですか。きょうはあなたが夕飯当番なんですからそろそろ帰ってきてもらわないと困ります」
腕を掴んで上に引っ張り上げられる。痛い!!
「あ、あ、あ…お、沖矢さん?」
見上げた先にいた糸目の男性に思わず赤井さんと言いそうになるのをなんとかごまかした。ごまかせたと思う。なので糸目で睨みつけるのを止めてください、沖矢さん。

「大学院生のあなたが、女子高生に何か用事が?夕飯当番と言っていましたが…。そういう関係なら犯罪ですよ」
「彼女は教授の親戚の子ですよ、少しの間預かっているんです。もちろん、家主の工藤氏の許可は取っていますよ」
「ホォー…」
「そういうことなので、彼女は連れて帰りますね」

腕を掴んだまま歩きだす沖矢さんに引きずられるようにして店内を去る。バーボンが鋭く眼光を光らせながらこちらを睨んでいるのを感じながら。




「君の警戒心の無さは天才的だな」
「…ありがとうございます」
「褒めてはいない」
「ですよね」

赤いマスタングに乗せられて、工藤邸へと帰る。顔や声こそ沖矢のものだったが、口調は赤井へ変わっていた。
私はずる賢く、生き抜くためにお姉ちゃんの元彼で、私たち姉妹の運命を大きく変える原因を作った赤井秀一を頼った。今は彼と共に工藤邸で暮らしている。

「赤井さんは何で私がポアロにいるってわかったんですか?」
「ああ、発信機と盗聴器でな」
「え?」
「なんだ、気づいていなかったのか。腕時計に仕込んでいる。これからも腕時計は何があっても外すなよ」
何の変哲もない腕時計は、なかったら不便だろうと赤井さんが用意してくれた。腕時計がないのは確かに不便だったし、デザインも悪くなかったから何の疑問も抱かずに着けていた。FBI怖い。

「それにしても、思った通りだな」
「何がですか?」
「安室くんだよ。『余計なことさえしなければ衣食住は僕が保証しましょう』か。やはり彼の正体は奴らに噛みつこうとしている狼のようだ」

「え?それってどういうこと?」

「彼の本名は降谷零…日本の公安だよ」
彼はこちらを見て一瞬笑った。

「え…とつまり」
「一言でいうとノック、つまりスパイだ。組織を裏切っている人間だよ」
「えええぇぇぇぇ!!!!」

『組織を裏切るなんて悪い子ですね』
彼の言葉が頭の中をループする。

バーボン、お前もか!!!!

叫びたい衝動をなんとか抑え込む。


「君を囮に使って本当によかった。我々の情報に間違いはなかった」
「はあああああ!!!???」

さらりとそう言う赤井さんに我慢できずについつい大きな声を出してしまう。
「君を囮に使ってすまないとは思っている」

全然そう思っていなさそうな彼にこれ以上何を言っても無駄だと諦めてうなだれるしかなかった。


その後、バーボンは工藤邸で沖矢の正体について推理を披露し、その数日後には私をFBIと公安どちらで保護するかを観覧車の上で殴り合いながら話し合ったと赤井さんから聞いた。

FBI怖い。公安怖い。
観覧車の上で殴り合いって馬鹿なの?爆発するの?爆発してたね!!!!

組織から抜け出せた私だけどまだまだ平和には遠そうだと、密かに溜め息をもらした。