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そろそろ精神の擦り切れが耐久力の最大値を超えて、超えて、超えすぎて頭がおかしくなるんじゃないかと思う。
ここに来て、十年が経とうとしている。
祖母が死んだ。
病気だと聞いたが、本当のところは分からない。数日前から寝台に縫い付けられたように動かなくなり、見舞いに向かうと窶れた面持ちの祖母を見た。年齢を感じさせない美貌は急に衰え、年相応の容姿になり果てる。この人の終わりが来ているのだと、気付くのは容易だった。スラムにいた頃、こんなふうに死んでいく娼婦達を私は何人も見てきた。
葬式は滞りなく開かれて、進んだ。
仮にも王族に連なる人物の死であるため、王都のど真ん中にある教会で、葬儀というにはあまりに豪勢な式典のようにして祖母は弔われていった。
真っ黒な喪服を着せられて、対外的にも娘の事は大切にしているのですと繕いたい父と養母の望むとおりに振舞っていると、それはあっという間に終わってしまって、すべてが終わり、部屋に放り込まれてからようやく、私は祖母がもういないのだということを知った。
あぁ、あの人はもういないのだ。
もともとあまり好きな人ではなかった。あの人が私をかわいがっていたのは犬猫を可愛がるのと同じ原理であるし、その舐め回すような視線は気持ちが悪くて、おまけにドレスの趣味一つとっても私とは正反対であるから、やっぱり私は祖母があまり好きではなかった。だのに、彼女がもういないのだと認識すると、やっぱり悲しいと思った。
この家で私を可愛がってくれるのは彼女だけだった。
父も、養母も、私のことは厄介者程度にしか思っていなかったから、彼女の向けてくれる愛がたとえ愛玩であろうとも、私は彼女の死が悲しかったのだ。

「これでやっと大奥様のお戯れからも解放されるわ」

その言葉を聞いてしまったのは、ほんの偶然だった。
祖母の遺品の整理をしている祖母付きだったメイドの一人が、そんなふうに言っていた。私は偶然、図書室に行こうとしているところで、家庭教師に頭に詰め込んでおくように言われた歴代のこの国の王家の対外関係うんぬんかんぬんの知識のことしか考えていなかった。メイドの言葉は正しく晴天の霹靂。
メイドたちは私の存在に気づいていないらしく、廊下で立ったままお喋りを続けている。何のことだろうか、疑問を抱きつつも言いようのない不安に駆られ、その場に留まることにした。
「お嬢様の実母……なんて言ったっけ、ちょっとだけ、ここに居たんでしょう」
「忘れたわよ。でもまぁ、とびきりの美人だったことは確かね。メイドの中でも飛び抜けてたし」
「旦那様のご寵愛を頂けた所までは良かったのにねぇ。奥様ったら随分嫉妬深いんだから」
「そうよねぇ……お嬢様の事があってからもう大変よ。もう何年も前のことなのに、未だにあの娼婦が、ってヒステリー」
「本当にねぇ。あの人、もう随分前に死んじゃったじゃない。大奥様はお嬢様に知られないように、って気を回してらしたけど」
「お嬢様もお可哀想に。知らぬが花とは言うけど酷い話よ」
「身分が高いって言うのも考えものよねぇ」
メイドたちのなんてことのない世間話。祖母と私と養母と、母さん。
母さんのことを彼女達は話していた。母さんのことを……母さんが、もう何年前に死んでしまったと。
勝手に足から、体から力が抜けて崩れ落ちた。何も考えられない。母さんが死んでしまっただなんて、そんな馬鹿な話があるはずがない。つい先日だって、便りを貰ったばかりなのに。母さんが死んでいた、そんなはず、あるはずが無い。
気づいたら泣いていた。祖母の死に際にすら流れなかった涙だった。
「えっ嘘、お嬢様?」
メイドの焦った声が聞こえるが、何もかも頭に入ってこなかった。
祖母が死んだ。母さんはもう、死んでいた。
私の頭の中はそれで一杯になって、許容を量を優に超えて、ああ、それから、どうなろうとしているのだろう。
いっそのこと意識を壊してしまえたら、狂ってしまえたら、それだけで良かっただろう。
私は泣きながらメイドに支えられ、自室に押し込められた。
ベッドの上に寝かしつけられてぼんやり、ぼんやりと涙を流していた。
声をあげようとは思わなかった。

眠るツァラトゥストラ