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「オフィーリア=ホルクハイマー様」
声をかけられてはっとした。入学式直後の初日は、簡単なホームルームで解散となり、三々五々に散っていくクラスメイトたちの背中を針のむしろに座る気持ちで見送った後、声をかけられた。
誰だろう。
後ろを振り返ると美少女が微笑んでいて、ぎょっと目を見開く。
あの藤色の令嬢……マリアベル様にも王子様にもかなわないが、しかし美しい少女だ。ゆったりとした動作には気品があるし、どこの令嬢だろうか。顔は知らないから、少なくとも私の「最低限」の社交には入っていなかった家の子供だろう。
そんな失礼なことを考えていると、彼女は花がほころぶように笑った。
「宜しければ昼食を一緒に食べませんか?」
願ったり叶ったりな提案を美少女はした。
えっと目を見開いて、それから私は何とか社交用の笑顔を作った。作らなければとても令嬢とは思えぬようなにやけ笑いが顔に浮かんだことだろう。
「ええ、喜んで」
彼女はマーガレット=ベルと名乗った。さる辺境の伯爵家の令嬢らしい。辺境伯の令嬢ということはお金には困らないが、しかし中央とのつながりを欲している家の令嬢ということに同義だろう。ベル伯爵家という家には聞き覚えがある。豊かだが王都とは山をひとつ挟んでいるため、中央貴族とのつながりがいつの代も希薄だ。そして今代の当主は中央貴族の娘を娶ったが、娘の方は辺境貴族を嫌って年中王都の屋敷に入り浸り……爛れている。
もう私には関係の無いことに入るだろうに、そんな打算的なことが頭に浮かぶ自分が嫌になる。公爵位を継げるようにと家庭教師たちの施した教育はしっかり私の中に根付いている。こういってしまってはいけないのかもしれないが、私は高等部でやる内容までの教育はあらかた受けているのである。
人を人とも思わないようなあの家庭教師たちの努力がこんなところで実を結んでいる。
校舎の中には不慣れな私は、兄もこの学園に通っていたというマーガレットに連れられて食堂へ向かっていた。祖母が死んでからは、正直なところとして、昼食なんていうものはあってなきが如しという生活を続けていたのも相まってあまり空腹は感じていない。今日は緊張こそしていたが、頭を使うわけでも体を動かした訳でもないというのも影響しているのだろう。
食堂……というのには語弊がありそうなひどく豪華なホールには幾人か先客がおり、私か、マーガレットを認識してひそひそと噂話を始める。
ほんの数人の知った顔の令嬢令息達は我関せずといった様子で、なるほど理由を知っているのだろうなぁと思った。暗黙の了解というやつである。
「わたくし、もう決めてしまいましたけれどオフィーリア様はどうします?」
「ええと……迷ってしまって」
メニューは豊富だ。しかもこれはあくまで一例。大抵のものはここで食べたいといえば叶えられる。マーガレットは決めるのが早すぎると思う。
結局お勧めでお願いしますなんて精一杯可愛らしく笑って見せた。
席について料理が運ばれてくるのを待っている間、マーガレットは沈黙を突き破るように口を開いた。
「オフィーリア様はお不快に思われないのかしら?」
「何をでしょう?」
「あの視線ですわ。わたくしなんてオフィーリア様がお可哀想でなりませんわ」
「ええ、でも……どうしてこんなに見られているのか全くわかりませんの」
検討はついているけど。どうせ妾腹だからだ。特に養母の母国から来ている学生にとっては私なんて不愉快が服を着て歩いているようなものだろう。私がそちらの立場だったらそんな地位にいる娘は大嫌いになると思う。
「……オフィーリア様は有名ですもの。わたくしたちのような者の話題にも上るくらい」
「……まぁ」
どんなふうに? と聞いてみる勇気はない。猫を被ってやり過ごそう。マーガレットは大切なお友達候補。なくしたくない。
「ここだけの話ですが、わたくしの母も正妻ではありませんの」
「そうなの……ですか?」
「えぇ。母は父に仕える使用人のうちの一人でした。今はもう……」
「申し訳ありません、辛い事を思い出させてしまったかも知れませんわ」
「いいえ、ですからわたくし、オフィーリア様と仲良くなりたかったんですのよ。同じクラスにいらっしゃった時は嬉しくて堪らなかったのですわ」
「そんな……でも、私も嬉しいですわ。あまり歓迎されていないようですから、心細くって……」
ついつい本音が口を滑る。マーガレットはそんな私にの手を食い気味に握った。案外強い力に驚く。この華奢なお嬢様の体のどこに、そんな力があったのだろう。
うんうんと頷くマーガレットと明日も一緒にご飯を食べる約束をして、それから何となく当たり障りのない話をいくつかして寮の前で別れた。
今日から私は寮生なのだが、この寮が私と彼女とでは別なのである。

ずっとずっと寝かしつけてね