28



後ろから声をかけられてびっくりしながら振り向くと、私の後にちょこんと佇む、オフィーリアと目が合った。声をかけてきたのは彼女か。
「マリアちゃんも、演劇鑑賞?」
はにかみながら告げてきた彼女に、私は頷いた。
「えぇ、そうよ」
「私もなの。一緒に見てもいい?」
「もちろん。私も一人だったから」
そのまま二人で並んで、シアタールームに向かう。
とてもとても合宿所とは思えないシアタールームという設備だが、もう突っ込んだら負けのような気がする。この学園だし仕方が無い。
オフィーリアと並んで、こんなふうに歩いているとオートモード時を思い出さざるを得ないのだが、こうしてあまりに私を純粋に慕っていますと言うふうに接されると拒否できない。オフィーリアはにこにことわらいながら、嬉しそうに私の隣を歩いている。オートモード時とは全く違うし、私を利用してやろうという意図も、私とルーナがどうとか、テンペスト家の令嬢に対するとかいう期待も無い。純粋に、私という個人を慕っている。
理由はどうあれそんなに純粋に慕われて悪い気はしないし、実際プリメラやエルと同様、彼女といるのが楽しいと思えてしまうのだ。園芸部の彼女はケイトとも親しいらしく、ケイトという共通の知り合いがいるのも邪険にできない理由だろう。
「今日の演目は何かしら……」
何気ない動作でオフィーリアがちらりと、すぐ近くのポスターを見る。つられて視線を巡らせると、ポスターには赤ずきん、と書かれていた。ただ脇に小さく書いてあるあらすじによると、誰もが知っているあの童話と同じではないらしい。
「ラブストーリーになっているみたいね」
私が言うと、オフィーリアは頷いた。少し恥ずかしそうだけど、その目は期待に輝いている。そういう表情を浮かべる彼女は何処にでもいる年相応の女の子だ。
いつもいつも、彼女は所在なさげに視線を巡らせ、結局下を向く。自分に自信が無いのだ。
どうしてなのかと気になって、流石に本人に聞く勇気はなかった為、カトレア様に聞いてみたところ、彼女はなんでも妾腹の娘なのだという。
王族の分家でありながらも、それと相反するように娼婦の娘でもある。一応有名な話だとカトレア様は言っていた。基本的に攻略対象たちのことにしか目を光らせていなかった私は全くそう言った噂を知らない。きちんと耳を傾けないと周りから浮いてしまうのだろうなと思いつつ、もう一つ、カトレア様が告げた噂に、私は目を見開いた。
「ホルクハイマー嬢はね、ルーナ王子のお気に入りなんだそうだよ」
こちらの噂はほんの小さなものだという前置きの後で、彼女はとびきり声を潜めてそう言った。
「ルーナ王子はホルクハイマー嬢を婚約者にと、国王に願い出たらしいってね。本当に小さくて根拠の無い噂なんだけどね。王子の婚約者はマリアちゃんと……あともう何人かが本命の候補だし」
へ、へぇーそうなんですかーなんて返事をした時の声は震えていたと思う。
なんで私がルーナの婚約者として打診されているんだと思いつつ、オフィーリアが彼のお気に入りという噂が本物ならそれでいいじゃんとも思った。好きならもうオフィーリアで決定しちゃえよ。まぁ、オフィーリアの方はどう思っているか知らないけど。あんなに気の弱い彼女のことだからきっと断れないのだろう。妾腹というので肩身の狭い思いをしているらしいし。
そうだ、オフィーリアがツバルのことを優しくてお兄さんみたいだと言っていた。私はそれを彼女があの男の外面に騙されているせいだと思ったけれど、実際は自分と同じ妾腹の娘だから、彼女に本当に優しく接していたのかもしれない。
ありうる話だった。ただ、それなら、もう一層オフィーリアが婚約者でいいじゃないかと憤慨したものだ。
「マリアちゃん?」
名前を呼ばれてハッとした。オフィーリアが心配気にこちらを覗き込んでいる。
「ごめんなさい、少しぼーっとしてしまって」
「そうなの? 具合が悪くなったら言ってね」
「大丈夫よ」
私は微笑んで、シアタールームに入るべく足を進めた。まぁ、ルーナやツバルと出会う心配のない今まで、彼ら二人のことを考える必要なんかない。今はこの時間を楽しもう。

ミッドナイトの文字を霞む