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父はどうやら相当私が気に食わないらしい。
祖母の話を聞いていてそう思った。
祖母と鉢合わせた際にメイドの顔はサッと青く染まったが、祖母がそのまま私を招き寄せるので引き離して、私を隠すことは諦めたらしい。言われるままについて行ったサロンで貰ったお茶は、今まで出されたなによりも美味しく感じたし、甘いお菓子はいつも食べているそれとあまり変わらぬ味だというのにこの上なく美味しく感じた。
母さんに食べさせてあげたい。
美味しいものを食べると、いつもそう思う。
「オフィーリアと申します」
名を聞かれて、作法通りに私が頭を下げると祖母は酷く驚いた顔をした。貴方が――の言っていた、なんて言うもので、彼女は私の話は聞いていたのだとなんとなくホッとした。
貴方の息子の愛人の子供です、だなんて彼女に面と向かって言えるだろうか? 私には到底そんな真似は出来そうにない。祖母が事情を察してくれたお陰でその場は酷く穏便に済みそうだった。
「あの子ってば人の目を気にしすぎる所があるから……貴方の髪がお母様譲りなのが気に食わないのね」
「……」
「跡取りがいないからって無理に連れてきたくせに……作法がなるまで私の前には出せません、なんて頑として受け付けないものだから。私も夫もそういう所は融通をきかせられたのに、あの頑固な所はどうしても治らないの」
何が気に食わないのか非常に不可解だったが、その言葉で納得した。
馬鹿みたいな親だと、率直に思った。私はこの家に連れてこられたその日から、父にはあっていない。養母にも、あの一度だけで、その他は姿を目にしてもいなかった。
祖母は父のことを案じるような言葉を多く口にしていたが、私にもとても良くしてくれた。言葉のとおり、おおらかな人柄のようだ。
不自由することがないように、自分からも言っておくからなんて笑いかけて、オフィーリアちゃんと、愛おしげに名前を呼んでくれた。
母のそれよりもゆったりとして人を撫でるのに慣れない手つきは妙に心地が良かった。そういえば、ここ一年でまともに名前を呼ばれたのが、本当に、久しぶりだった。みんな私をお嬢様と呼ぶ。たまに、家庭教師がオフィーリアお嬢様、なんて長ったらしく呼ぶくらいだった。
自分の名前なのに呼ばれないと、実感が薄い。私の中に私がいなかったのなら、きっとこの名前は埋もれて消えていきそうになっていただろう。
声だって、随分と久しぶりに出すような気がした。一人でいる時はずっと無言だし、メイドたちは私に最低限しか話しかけてなんか来ないし、家庭教師との会話も極小数あるくらいだ。久しぶりの声は掠れて、本当に聞き取りにくいそれだったと思う。なんだか、誰かとの話し方を忘れてしまったような気がしてしまった。
「オフィーリアちゃんは本当に、優しい子ね」
祖母はそんなふうに言って、幾度も私を撫でた。
心地よい感覚に身を任せているとなんだか眠くなってきて、お茶をしているさなかなのにうつらうつらと船を漕ぎそうになる。こういう時、私はただの幼児なのだと思い知る。周りの扱いがとっくに十代くらいの相手へのそれだから、なんとなく年齢を忘れそうになる。誕生日なんてもちろん祝って貰わなかった。
「気付けなくて、ごめんなさいね。貴方がこんなに辛い思いをしていたなんて」
祖母は私を撫でながら、鼻をすすった。泣いていたのかもしれない。
ただ、何となく私の中に辛いという感情がはっきりと思い浮かんでいなかったから、祖母がこんなにも心を痛めてくれるのが少しだけ、不思議だった。

不可能は不可能のまま