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「リア、よく来た」
相変わらずの美少女顔で、王子様は微笑んだ。
ルーナ王子が微笑まれた! やはりオフィーリア様は特別なのだ!
周囲がそんなふうにざわめくのもいつもの事だった。
王宮通いが習慣化する貴族令嬢というのもどうなのだろうか。
ここのところ殆ど毎月、下手をしたら毎週のペースで私は王子様を訪ねている。まるで乙女ゲームをプレイしているようだと幾度も思った。王子様は、とにかく私に甘いから。
祖母は凄く驚いていたが、それでも次の瞬間には当然のように微笑んで、王子様の魅力についてたっぷりと言葉を紡いだ。あまりに長い王子様への賛辞にこの美少女顔の男の子は本当にそんなに優秀なのかと頭を捻ったが、多分ずっと大人の視点を持っている私がまるで本当の子供のようにあしらわれているようの感覚で話をしているところを見ると、本当に優秀なのだろう。
美少女顔に年相応の男の子らしい口調は本当に慣れない。
彼は私を愛称で呼ぶ。
祖母も、当然父も養母も呼ぶことが無いから、私をそう呼ぶのは彼だけだった。オフィーリアという名前から連想される一般的な愛称であるが、それは私の愛称ではないことを彼は知らないし、私は教えるつもりもなかった。
この王子様のことはそれこそ兄のようだと思っているし好いてはいるが、それだけなのである。母さんと同じくらい好きな相手なんかではないのだ。母さんだけが私を私だけの愛称で呼ぶ。
三歳のあの時から一度も会えていない。たまの手紙には無事を知らせることだけが綴られている。父は私を母さんから引き離した後、私の出生に関する秘密を他人に漏らさぬよう母さんに一定の援助をしているのだという。
父の払った金とはいえ、母さんが楽に暮らしていけるのならばそれでいい。母さんが身をすり減らすことが無くなっているのなら、それでいい。
私はここで、いつか母さんの元に帰ることの出来るその日をずっと夢見ている。それだけが唯一の救いに思われていた。
王子様は私を婚約者にと祖母や父に幾度も申し入れているようだったが、二人とも……主に父はあんなに王子様に媚へつらっておきながら首を縦には振らなかった。
ホルクハイマー家には跡取りがいない。近親の家から養子をもらってくる訳にも行かない。この家の「売り」は祖母の血筋だからである。
唯一の跡取りである私にはまだたっぷりと価値があり、養母がなかなか妊娠しないこともあって私に婿養子を迎えることはあっても、私が嫁に行くという選択肢は無いのである。
第二王子ながらも第一王子の愚鈍さから影では王位継承ほぼ確実と謳われる王子様が私と婚約するなんてどだい無理な話なのである。
私は十二歳を迎えたら、貴族が中学生くらいの年齢になると入学する学園に入学することなく家を捨てて家出でもするつもりなので、王子様の婚約者なんてお断りだ。だから今の状態は非常に都合がいい。
父や養母や祖母に隠れて出奔の用意をする時間が一番楽しかった。母さんのことを考えながら、ここを出たら母さんとやりたいことを沢山考える。跡取りのためにと押し込められる教育の檻から抜け出す空想の時間。それだけが多分、私の救いだった。
「ルー様、こんにちは」
八歳になった私は、九歳になった王子様に頭を下げる。ルーナ殿下、なんて風に呼んでいたのだけれど彼が私をリアと呼ぶようになってから、私は彼をこんなふうに呼んでいる。
これすらほかのご令嬢には許されない特別待遇らしくって、彼の婚約者の地位を虎視眈々と狙っているほかのご令嬢から私は明らかに浮いている。友達なんてもってのほか、いつもいつも屋敷に押し込められているか、王子様とお話しているか、そのどちらかでしかない。
「あぁ。……リア、八歳の誕生日、おめでとう」
「……ありがとうございます」
妾腹の私のために父が誕生会なんてものを開くことはない。自分が妾腹だとは言っていないが、多分祖母から私と父の不仲を聞いているのだと思う。王子様は下手な言葉を使わずに、ただ私を祝ってくれた。
頭をあげると、くしゃりと慣れた手つきで頭を撫でられる。銀色の、星色の髪。王子様と同じ色だ。
自然と頬が緩んで、私の顔に少しだらしない微笑みが浮かぶ。それを見た王子様は、幸せそうに笑った。

けして届かないけど