「岩ちゃーん!」
「松川ー!」
「げっ」
「めんどくさ」

廊下の向こうから人目も憚らず手を振りながら走ってくるのはバレー部元主将の及川とその従姉妹の三橋。

「25日プレゼント交換しよう!」
「場所は及川の家!」
「え、なんでウチ?」
「畳好き」
「まぁいいけど」

突然話しかけて、脈絡なく話すのはいつものことで。まためんどくさいことを始めたなと、岩泉と松川は図らずも同じ事を思った。しかし、ここで不参加を表明したところで目の前の2人が聞き入れるつもりがないことは、先程の口振りからも見てとれる。それならばおとなしくこの奔流に飲まれた方がまだ気楽と言うもの。

「あ!花巻見つけた!行くよ及川!」
「じゃあ俺達行くね!」

別に楽しいこと好きな2人がどこに行こうが全く気にしないが、機嫌をそこねると三橋が様々な意味で(及川よりも)めんどくさくなることは、長年の付き合いで岩泉にはわかりきっている。そしてそれを横目で見ていた松川もわかっている。
不本意ながら練習もない休日の為、2人は頭を抱えることになった。

▽▽▽

「及川ー」
「来たぞー」

事前に連絡をしていた松川と花巻は、インターホンを押して玄関が開くより早く声をかけていた。もちろんそれが家の中まで聞こえることがないのはわかっていたが、玄関のドアが開いた瞬間に呼ぶ名前を間違えたかと一瞬考えた。

「松川、花巻、いらっしゃーい。はじめはもう来てるよー」

自分の家のように2人を招き入れる三橋だが、ここは間違いなく及川の家だ。

「プレゼント持ってきた?」
「あれだけ念押しされたら忘れられないべ」
「俺の当たったら三橋ビビるぞ」
「え、やだセクハラ?」
「ちげーから」

3人で軽口を叩きながらドアをくぐると、三橋は慣れたように家の中に消えていく。

「…やっぱり慣れねぇよな」

三橋は学校では及川のことを名字で呼んでいるが、学校を出ると元々の呼び方に戻るらしい。

「女子ってやつは器用な生き物なんだよ」

らしいというのも、学校で三橋がいつも通り及川を呼ぶと、身内だと言っても及川ファンがいろいろめんどくさいからだそうだ。

「そーか」

俺達には理解できない苦労があるらしいとしか、松川と花巻には認識できなかった。

いつまでも玄関で立ち尽くしているわけにもいかないので、ゆるりと靴を脱いでいると奥の部屋から「ちょっ徹!ちょすなって言ったべさ!」なんて叫ぶ三橋の声がする。

「オーッス」
「お疲れー」

2人揃って三橋が消えた先を覗くと、そこは普段人の家を訪れたときにはあまり入ることのないリビングだった。
ダイニングテーブルの上にはこれでもかと言わんばかりに料理が並んでいる。どうやら大人はいないようで、キッチンで及川と三橋が騒ぎながらなにか作ってるらしい。

「来たか。悪いな、このアホ達に巻き込んで」
「巻き込まれるのには慣れたよ」
「マジですまん」

どうやら岩泉はキッチンから生み出される料理を運んでいるらしく、カウンターの前で待機している。

「はじめ!今徹とひとくくりにしたべ!やめてよね!」
「間違ってねぇべ」
「違うから!」
「わかったわかった、なんでもいいからさっさとそれ終わらせろ」
「もう終わるっちゃ。はい、徹これ持っていって」
「オッケー」

及川が鍋を持って出てきた。どうやらシチューが入ってるらしく「はいはいどいてー」なんて言いながら、テーブルの開けられていたスペースに置かれた。

「三橋、シュークリームある?」
「花巻用にあるよ。あとご飯とパンどっちもあるから言ってねー」

三橋が最後とこれで言うように肉々しい皿をもってきた。
それを置くと、テレビで見るようなこれぞクリスマスと言わんばかりのテーブルができたが、異彩を放つものが1つだけあった。

「なぁ、このイチゴのないケーキは?」

それがクリームのみでデコレーションされたケーキ。通常ならイチゴやチョコプレートなんかが乗っているはずなのに、真っ白い生クリームのみで彩られていて逆に目に悪い。

「それは徹の牛乳パン」
「え、嘘でしょ?」
「ホント」

答える三橋の目はどこまでも本気で「は?なに言ってるの?」と言わんばかりに及川を見上げている。

「真ん中は?」
「生クリーム」
「なにそれ!こんなの牛乳パンじゃないからね!イチゴのないケーキだからね!」
「イチゴのないケーキなんてただの牛乳パンだよ!」
「違うから!」

絶対に牛乳パンではない。しかし乳製品と小麦粉でできていることに間違いはない。

「いや、牛乳パンだろ」
「よかったな及川」
「お前1人で食えよ」
「なんでだよ!」
「それよりプレゼント交換するんだろ?」
「え?先に食べないの?」
「なにー?もー、沙羅ったら食い意地はってるんだからー!」
「せづねぃこのほでなす!!ごっしゃぐど!?」
「まぁ落ち着けって。及川も三橋のことからかうな」
「やべぇなに言ってるのかわかんねぇ」
「ばぁちゃんみたい」
「もー!みんなうるさい!」
「やーい、むつけたー」
「徹は牛乳パンに頭から突っ込め!」
「お?手ぇ貸す?」
「じゃあ俺及川抑えるー」
「部屋は汚すなよ」
「みんなして沙羅の味方しないでよ!」
「「及川の味方をしても楽しくない」」
「ちょっと!言い方!」

こうしてみんなで騒ぐのもいつものこと。気を許した仲だからこそできるやり取り。
こんなことができるのも、きっとこれが最初で最後。

「ほら、いつまでもんなことやってると時間なくなるぞ」
「だな」
「さー食べるべー」
「徹はだめ!」
「なんでだよ!」
「あーもーお前らうるせぇよ、早く食わねぇとなくなるぞ」

また騒ぎ始めた従姉妹同時にかけられた声。よく見なくても他の3人は我先にと食事を始めていて。

「岩ちゃん達なんで先に食べてるの!」
「お前ら待ってたら冷めるだろ」
「シチューめっちゃうまいよ」
「シュークリームうま!」
「松川ありがとう、花巻はご飯食べなよ」

従兄弟同時は目を合わせると、よく似た笑顔を浮かべると目の前のご馳走に向き直った。

「せっかく俺が作ったのに食べられないとかやだもんね」
「いや、作ったのは私ね」
「まぁまぁ、細かいことはいーべ」
「…まぁいいか」



(プレゼント交換ー!)
(…これ誰の?)
(俺の!)
(うわ、開けたくねー)
(なんでだよ!開けてよ!)
(ねーこれはー?)
(俺)
(花巻かー…え、なにこれ!)
(たしか三橋欲しがってただろ?三橋に当たればいいなって思ってた)
(やだ花巻気持ち悪い)
(おい!)
(うそ、ありがと)

2017/12/25