図書室の少しホコリっぽい匂いが好きだと言うと、大抵の人には首をかしげられる。年期の入った紙の匂いとそれに降り積もったなにやらが混ざった、本しか持っていないあの匂い。それが私は好き。

だからこうして、少し冷える図書室で懲りることも飽きることもなく本を読んでいたわけだけど。

「お、起きた?」

ふと気付いたら、目の前に貴大がいた。

「こんな隅っこにいるのやめろよなー。そのうち気付かれないで鍵閉められるぞ」

へにゃりと笑う貴大はジャージにマフラーと、まさに部活やってましたって感じ。外はすっかり日が沈んでる。
いつの間に居眠りをしてしまったんだろう。

「こんな暖房効きづらいところより、もっとあったかい所にいろよ。風邪引くぞ?」

ゆるりと頭を撫でる貴大の手が気持ちよくて自然と瞼がおちる。

「あと、眠いなら先に帰ってていいんだからな?」
「んーん、私が貴大と一緒に帰りたいの」
「そんなかわいいこと言っても今なんにもねーよ?」
「いらないよぉ」

私が放課後に腰を落ち着けているのは、暖房の効きが悪い図書室の端も端にある窓側の席。こんな隅っこにいるのには理由がある。

「ほら、帰るぞ」
「うん」

立ち上がって私に手を差し出す貴大の手を迷わず掴む。

この隅っこの席は、図書室から唯一体育館が見える場所なのだ。
だからといって中の様子がわかるわけでもないし、音が聞こえるわけでもない。それでもそこで貴大が部活に勤しんでいるのかと思いながら本を開くのが、貴大を待ってる時の私の楽しみである。

「手ぇ冷えてんじゃん」
「そう?」
「マジでもっとあったかい所にいろよなぁ」

それは聞けないお願いと言うものだ。暖を求めたら体育館が見えなくなってしまう。

「この席が好きなの」
「なんでだよ」
「なんでも」

素直に言ったら止めろと言われるのか、その時は怒るのか照れるのか。少しだけ気になったけど…まぁ、言わなくてもいいか。

いつの間にか、一緒に帰るときはどちらからともなく手を繋ぐようになってた。
今日も今日とて手を繋いだまま図書室から出て帰路を進む。生徒が溢れる昼休みだったら、この手は変わらず繋がれるのか気になったけど、今は置いておくことにする。

「沙羅」
「んー?」
「あんまり無理すんなよ」
「貴大も大丈夫なの?」
「大丈夫だし」

これから受験生になると、貴大は勉強に部活にと忙しくなる。部活をしてない私には想像もできない苦労があるだろう。

「あんまり暇なんてねぇけど」
「ん?」
「できるだけ時間作るから」

できる彼女ってやつは、ここで「大丈夫、気にしないで」なんて言うんだろうか。それとも「無理しないで」なんて労るんだろうか。
あいにく私はできる彼女になんて到底なれそうにないので、返す言葉はこれにしようと思う。

「うん、待ってる」

もう少しかわいい言い方ができないものか。そう思ってみても今更この性格は変えられない。それこそ生まれた瞬間からやり直さないと。

「コンビニ寄って帰るか」
「シュークリーム?」
「そ。沙羅はあのスティックケーキにする?」
「んー、そうする」

貴大に言われたら性格改革も検討するけど、笑いながら私の手を引く貴大を見る限り、今のところそんな予定はなさそう。

ほんの少し手を引っ張ると向けられる、貴大の柔和な表情が

「好き」
「いきなりどしたよ」
「言いたくなったの」
「俺も好き」

私のどこを好いてくれてるのか気になるけど、そんなことまで聞いてたら本当にめんどくさい彼女になってしまう。

だから今は、まだナイショ。


2018/02/04