「三橋と申します。突然ですが先輩のボタンをください!」
「え!!」

卒業式のあと、小さい女の子から右手を差し出して、握手を求めるような格好で言われたのはボタンの事だった。

え?ボタンってこれ?学ランの?これがほしいってことは、もしかしなくてもそう言うこと!?

「なにもったいぶってんだよ!どうせほしいって言ってくれる人いないんだろ?ならあげればいーべ」
「軽く言うなよ!」

笑いながら声をかけてくるスガの第2ボタンはない。誰かにほしいと言われたのか、それともスガから渡したのか。

「あの、突然なので、気持ち悪いって思ったなら大丈夫です」
「おい、女の子になんてこと言わせてるんだよ」
「いや!そんなつもりは!ごめんな、そう言うんじゃなくて予想外で驚いただけだから」

小さいと言っても、たぶん日向とか谷ちゃんと同じくらい。知らない子だけど、黒い髪がつやつやしててすごくキレイ。

「あの、三橋さん」
「はい」
「俺のでよかったら貰って」

学ランなんて卒業したら着ることもないし、譲るような知り合いもいない。それなら後生大事にしまっておくより、ほしいと言ってくれる人にあげた方がいいだろう。
そう思ってボタンを千切って差し出した。

「ほ、ホントにいいんですか?」
「うん」

おずおずと出された小さな両手に、鈍く光を反射して転がるボタン。

「ありがとうございます」
「俺のでよかったの?」
「東峰先輩のがよかったんです!」
「そっか」
「先輩、これの意味知ってます?」
「え?そりゃあ、うん」

だからビックリしたんだよ、なんて確証もなく言えない。今初めて話した俺に言われたくないだろうけど、小さくてかわいい三橋さんはモテるタイプだと思う。だから本当に俺なんかのボタンでよかったのかなとか考えた。

それなのに、今間違いなく俺のがよかったと言われて、とたんに浮かれたのは俺自身よくわかってる。

「今日を逃したら先輩と話せなくなるって思ったので…勇気出してよかったです」

三橋さんの言葉を聞いて、浮かれた気持ちはすぐに地に足をつけた。

「ボタン、本当にありがとうございました」

卒業したら当たり前だけど三橋さんと会えなくなるんだよな。そうなったら、在校生として残る三橋さんの気持ちと俺のボタンはどこに行くんだろう。

「待って」

そう思ったら、少しだけ寂しい感じがした。

「あの、もしよかったらアドレス交換しない?」
「え?」
「ああ!いや、したくないならいいんだ!せっかく頑張って声かけてくれたのにこれでさよならって言うのも寂しいなと思って」

やっぱり聞かない方がよかったかな!?

自分から聞いておいてこんな焦るなんて情けない。どうしたらいいのかわからなくなって、ひとまず隣にいたはずのスガに助けを求めようとしたのに、いつの間にかいなくなってた。

スガがやたら静かだと思ったらいなかったのか!なんでこんな時ばっかり空気読むんだよ!頼むからこんな時こそ横から口出してよ!

「いっいいんですか…?」

明らかに挙動不審になってた俺に返って来た返事は、都合よく捉えるなら交換してもいいって返事。

「先輩と話したことなかったから、ボタンの話だけでも気持ち悪いのに、アドレスまで聞いたら気持ち悪さ極めると思って」
「そんなことないよ」

ポケットから携帯を出すと、三橋さんもあわてて携帯を出すから少し笑ってしまった。

「あの、私打つので、見せてもらってもいいですか?」
「うん」

俺の携帯の小さい画面を見ながら、手元のパネルの上を指が忙しなく動く。三橋さんの手の中にあるとずいぶん大きい携帯に見える。

俺もそろそろ携帯買い替えようかな。でもまだ壊れてないし、こういうのってタイミングが難しいんだよなぁ。

「あの、じゃあメールします」
「うん」
「…届きましたか?」
「届いたよ」

三橋さん、下の名前沙羅って言うんだ。

「ちょっと待って、登録するから」
「はい」

届いたものをコピペするだけだからたいして時間がかかるものでもない。
小さいボタンを押してアドレス帳に新しく登録された女子の名前に、なんとなく恥ずかしくなった。

「あんまり勉強はできないけど、気軽にメールしていいから」
「はい!え、いいえ!」
「それ後輩もたまに言うけどどっちなの?」
「いえっあの、」

三橋さんが一生懸命に言葉を選んでるのがわかる。

「その、もちろんメールしたいですけど、先輩が忙しいと迷惑になっちゃうので」
「うん。返事は遅くなることが多いかもしれないけど、ちゃんと返すから」
「あの、じゃあ、暇なときに返してもらえればと思います」
「うん」

今日初めて話したのに、俺は結構単純だったらしい。

「俺からもメールしていい?」
「はい!もちろんです!」

頑張って声をかけてくれた時も一生懸命言葉を選んでる時も、嬉しそうに返事をしてくれた今も。

かわいいなと思うんだ。

「これからよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」



(見たか?大地。あれでまだお友達なんだせ?)
(さすがへなちょこだな!)
(ちょっとやめてよ!)

2018/03/09