明日提出期限だった宿題を教室に忘れてきた事を思い出して、1人で教室まで戻ってきた。
いつもならこんなことねぇけど、やけにテンション高かった木兎のせいにしておこうと思う。
真っ暗になった廊下を歩いて教室の近くまで来たら、震えるようなか細い声が聞こえてきた。
ただでさえ部活終わりで暗くなって薄気味悪いのに、誰もいないはずの教室からなんか聞こえてくるとか普通に怖いだろ。いや、これは一般論で俺がチキってビビってるわけじゃないからな。
勢いに任せて教室のドアを開けば、真っ暗な教室のある席に、見覚えのある影があった。
「…三橋?」
頭を抱えるようにして俯いていたのは三橋だった。その席も違うことなく三橋の席。
誰もいなくなった学校の俺の教室の中だ。雑踏の中でもない限り、どんなに暗くても三橋がわからないわけがない。
「…木葉?」
震える声だけでもわかるのに、外から入るわずかな光が三橋の濡れた頬を知らせた。
「どうしたの?」
「いや、忘れもんしてさ」
「そっか」
そう言って少し乱暴に涙を拭ったけど、俺の目には暗がりで見えた三橋の泣き顔が焼き付いていた。
「何があったんだよ」
「なんでもないよ」
「なくないだろ。なんで泣いてたんだよ」
「木葉には関係ない!」
叫ぶようにそう言った三橋の言葉が、直接刺さったのかってくらいの衝撃を覚えた。
「そりゃあ関係ないけど」
実際に俺は無関係だ。よくてただのクラスメート。最悪知り合い。でも俺にとってはそれだけの相手じゃない。
「泣いてるやつをこんなところにほっとけないだろ」
「…そんなんだから彼女できないんだよ」
「うっせ。いいから話してみろよ」
好きな女がひとりで泣いてたら助けたくもなんだろ。
「本当になんでもないんだよ」
「なんでもないのに泣くような可愛いげあるやつだったっけ?」
「木葉ハゲろ」
「やめろ」
一応否定はするけど、三橋に言われるならなんだっていい。三橋が笑えるなら、ハゲる呪いくらいなんてことない。
「で?何があったんだよ」
「そこは、聞かない方がモテるよ」
「だからそれはいいっての」
「…いい話じゃないからさ」
「わかってるって。1人で泣くより、誰かに言った方が楽になるだろ」
「ホント、いいやつだよね…っ」
そう、俺はいいやつなんだよ。
涙を流さないようにと堪える三橋の姿は見えない位置で、隠しきれずに震える声をただ聞く。それに相づちを打って、たまに三橋の味方をするような言葉をかける。
あらかた話して気がすんだのか、さっきよりだいぶ明るい声で謝られた。
「好きでやってんだから謝んなよ。あと鼻かめ」
「それは申し訳」
ティッシュを渡せば、女とは思えないほど豪快に鼻をかんだ。
あいつの前じゃあこんなことないんだろうな。きっと他の女子みたいに、周りを気にして控えめにするんだろう。もしかしたら鼻なんてかめないかもしれない。
そう思えばあいつの知らない三橋を知っているのかと優越感を覚えると同時に、三橋の眼中に入っていない事を痛感する。
「ありがとう」
「いいってことよ…大丈夫か?」
「すぐには無理だけど、大丈夫。木葉に話してちょっと整理できたみたい」
「ならよかった」
俺は所詮クラスメート。好きなやつにフラれて泣いてる片思い相手を慰めるだけのクラスメートA。悲しむ余裕もないくらい三橋の眼中に俺は入らない。これから先もきっとそれは変わらなくて、10年だか20年後だかに「そういえばそんなやつもいたな」なんて思い出してもらえれば万々歳。
「時間的に鍵閉め回ってくるだろうし、早いとこ帰るぞ」
「私絶対目腫れてるんだけど」
「暗くて見えねぇよ」
「電車乗ったら見えるじゃん」
「じゃあ下向いとけ」
「不審に思われないかな」
「大丈夫だろ」
そう言いながら暗くなった道を一緒に歩くのも、これが最初で最後だろう。こうして電車に乗るのを見送ることも、泣きはらした顔ではにかむその顔を見ることも、今後ない。
「じゃあ、また明日」
「おう」
まぁ、三橋が笑ってりゃそれでいい。だから俺はいつまでもいいやつ止まりなんだろうな。
ぼんやり流れていく夜景を見ながら、明日の三橋が元気になってればいいと思った俺はひとつの事実に気付いた。
…宿題、持ってくるの忘れた。
2018/11/13
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