▼ 滲む北極星
やる前から確実にわかっていたことではあったけど、バレーボールは想像以上に難しかった。
制服にジャージを着ただけの、本来なら運動をするのに適していない格好。
せめてもの抵抗でシャツの袖を邪魔にならないように捲って、少しでも動きやすいようにとスカートも短く折ったけど、はたしてどれ程効果があるのかまったくわからない。
「和泉さんっ」
あっちこっち飛ばしてしまう私のボールを、彼らは追いかけて確実に私のもとに返してくれる。そうすると必然的に私だけ1歩も動くことなく、いたづらにボールをあっちこっちに飛ばすだけ。
「違う」
私がやりたかったのは、こういうのじゃない。
「え?」
また綺麗に返ってきたボールをそのまま受け止めると、不思議と言わんばかりの視線に晒される。
「なにか違った?」
「腕痛めたか?」
「違う」
スポーツをちょっとやったからといって、簡単にうまくなるものじゃないことはわかってる。でも、これじゃない。
「私もちゃんとやりたい」
試合を控えている彼らを捕まえて、わがままに付き合ってもらってるのにこんなことを言うのは、きっと間違えてる。
「できてんだろ、ちゃんと」
「2人ばっかり大変なのは違う」
「うーん、でも和泉さん筋がいいからなぁ」
この酷いノーコン振りを見て何を言うかと思う。何をどう見たら筋がいいになるんだ。
プレイヤーの言うことはわからない。
「ちゃんとボールの落下地点にいるから返せてるわけだし」
「それは2人がどんなに変なところに飛ばしても綺麗に返してくれるから」
「だからってこんなに返せるもんじゃねーべさ」
上手い下手の基準がわからなくなってきた。
「じゃあさ、ボールをよく見てみようか」
私が納得できない顔でもしてたのか、及川が提案してきた。
「変なとこに飛んでいくのって、いいところに当たってないっていうのもあるからさ」
そう言いながらボール片手に近付いてきた。
「腕出して。ここのところに当たるようにちゃんとボール見て…」
言われるがままに手を伸ばして、そのまま揃えられた上にボールを当てられる。
今までまったくなにも考えてなかったけど、改めて及川の手を見ると随分おっきい事に気付いた。片手で私の両腕をひとまとめに出来てるし、空いてる片手でボールを掴んでる。
「聞いてる?」
「及川の手おっきいのね」
「…はぁ?!」
あ、ボール落ちた。
「ちょっ和泉さん!?女の子がそんなこと言っちゃいけません!」
「は?」
落ちたボールを追いかけた視線を及川に合わせると、いまだかつて見たことがないくらい真っ赤になった及川がいた。
岩泉を見ると、その顔には呆れたと書いてあった。
「及川黙れ口を開くな」
「なにか言ったらいけないこと言った?」
「和泉はなにも悪くない。頼むから何も聞くな」
岩泉に聞いても及川に聞いても、私がなにか失言したのかどうか教えてくれなかった。納得もなにもないけど、聞いても教えてくれないなら聞く意味はない。
固まって動かない及川を無視して、私は落ちたボールに手を伸ばした。
もちろん片手で掴むためだ。でも掴めそうで掴めない。サイズ的にはいけそうなんだけど、どうしても床から少し浮いたところで落ちる。
「もしかして掴みたいのか?」
「そう」
もう1回と再度手を伸ばすより早く、岩泉の手がボールを掴んだ。
「手のサイズが違うから?」
当たり前だけど岩泉の手もおっきい。
「それもあるだろうけど持ち方だろ。こう、親指と小指で挟む感じで」
「野球のボール持つ雰囲気?」
「…いや、あ?あー」
雰囲気で言ったら伝わらなかった。
「こう…」
「ああ、そんな感じ」
直接やった方が分かりやすかった。
野球ボールの持ち方もテレビかなんかで見たたけだから、違ったのかもしれない。だって岩泉野球やったことありそうだもん。
「握力もいる?」
「多少はいるだろうな」
「そっか」
握力…たしか今年の始めに計った時は平均より低かった気がする。でも今後ボールを片手で掴む必要性も機会もまったくないから別にいいか。
「どうするの?」
「あ?」
「ボール持ちたい」
「なら抑えててやるよ」
「こう?」
「おう」
「ちょっと、いけそう」
岩泉の教えと助けで片手で持ち上がりそうになった瞬間、及川の悲鳴にも似た叫びが聞こえた。その拍子に力が入ってボールは私と岩泉の手の間から転がり落ちた。
「そんなこと和泉さんに言わないで!言わせないで!岩ちゃんの変態!」
「ぁあ?!なんでそうなんだよ!」
なんか、ケンカし始めた。小学校の時ならいざ知らず、この歳にもなって男子のケンカに混ざるつもりは毛頭ない。
私は2人を無視して転がったボールをわし掴むことにする。さっき教えてもらったようにやれば、たぶんできる。その前も手応えはあった。邪魔されなければ持てるはず。
「あれ?和泉さん?」
「まだやってんのか」
うん、いけそう。
「岩泉、及川」
手応えがあるうちにと、ボールをそのまま掴み上げた。
「見て」
2人が目を丸くしてる間にボールは情けなく落ちた。持ち上がったのはたった3秒程度。慣れないことをしたから指は痛いしものすごく震えてたけど、それでも間違いなく上がった。
「おう、持てたな」
「あーもー俺ムリ、ダメ」
転がったボールを拾ったところで、頭がなにかに押さえつけられた。押さえつけられたんじゃなくて、岩泉が頭を撫でてるんだってことはすぐにわかった。その向こう側で及川が蹲ってるのも見えた。
「今日の及川、変」
「いつもだろ」
言われてみればそうだ、なにもおかしい訳じゃない。
「うん」
でも、変。
「ちょっと!聞こえてるからね!あと岩ちゃん和泉さんに気安く触んないで!」
「うるせぇ」
そう言えば、いつの間に岩泉から触れられるようになってたんだろう。ぼんやりと撫でられながら考えたけど、こうして触れられるのは初めてな気がする。
「モルテンは掴みにくいからな、和泉にはちっとばかしきついべ」
「本当にいつの間にそんな仲良くなったの?」
岩泉と話すようになったきっかけは及川だったけど、なにかと気にかけてくれる岩泉と話す機会はそれなりに多かった。でもそれを説明するのはめんどくさい。
どうするべきか迷って岩泉を見上げたら、意地の悪い顔で笑いながら「教えねぇ」なんて言うものだから、また及川が騒ぐのは簡単に想像できるでしょう?
▼ ▲back