▼ 弱虫ヒーロー
「やっぱり及川さんって顔だけだよね」
下校時間を過ぎて人気の少なくなった昇降口で、そんな言葉を耳にしてつい足を止めてしまった。
「でもさー、実際顔だけで良くない?」
「まぁねー。そうじゃないとデートもできなさそうだもん」
「言えてるー」
及川に敬称がついているから、たぶん後輩なんだろう。今まで見たことがない子達だけど、校内で軽々しくそんなことを言うのは感心しない。
だからなんだと言うのだけれど。
別に及川が誰に何を言われていようとも、正直どうだっていい。及川の嫌なところなんて思い出さなくてもあげられる。
「あの」
それなのに、どうして口を挟んでしまったんだろう。
「はい?」
「ねぇ、この人…」
先程よりも抑えられた声が、はたして何を話しているのかなんて用意に見当がつく。大方、ここ半年と少しの間にあった及川との噂だろう。
「なにか用ですかー?」
「及川さんに構ってもらってるセンパイですよねー?」
頼んだわけでもなければ好き好んで構われてるわけでもない。もっと別の言い方をして欲しい。でもまぁ、私のことは今更どうでもいい。
「及川が顔だけというのは、どう言うことですか?」
「え?」
「だって、ねぇ?」
女子特有のこの雰囲気は正直苦手だ。内輪で完結させて外部にほんのり漂わせる。まどろっこしくて時間の無駄にしかならない。
「及川のどこが気に入ったんですか?」
「え?」
「そりゃあ、ねぇ?」
めんどくさい。
「はっきり仰っては如何ですか?あなた方は相手の中身にはまったく興味がなくて上っ面しか見てない、薄っぺらい人間だと」
「え、ちょっと待って」
「センパイだからってなに言ってもいいわけじゃないですよね」
「お言葉ですが、今仰られた言葉はそっくりそのままお返し致します」
及川にまつわる他人と関わることも、関係ないことに自ら首を突っ込んでしまったことも。
「だって及川さんは負けたじゃないですか」
「遊んでるって噂だし、おかしくないですよねー」
どうでもいいはずの及川が貶されてイラついてることも、全部めんどくさい。
「本当に薄っぺらい方達ですね」
「はぁ?人殺しがなに言ってるんですか?」
「敬語使ってるだけありがたいと思ってくださいよー」
「なら今後一切使っていただかなくて結構です。お気遣い頂き有難うございます」
「なにそれ」
「ですが訂正してください。及川は顔だけじゃない」
「でも負けてるじゃん」
「次こそ勝つとか言ってたのに前回勝ったとこに負けてたよね?そんなとこに負けるとかダッサ」
過程はいつも見てもらえない。試合やテストなんかは結果至上主義だから、仕方ないと言われてしまえばそれまで。
「及川たちだけが練習を重ねた訳じゃない。勝ち上がった学校だってそう」
「練習足りなかったんじゃない?」
「知らないくせに勝手なことを言うのは如何なものかと思いますが」
「センパイだって知らないじゃん」
たしかに知らない。知らないけど、知らない人が勝手に言っていいことじゃない。
「あなた方よりは知ってますよ」
「なに知ってるの?」
「及川達は、強くはないのかもしれないけど、あなた方よりもずっと人間ができてますよ」
こんなことを私が言うものでもない。でも、及川たちが貶されるのはイヤだ。
「人を貶すことは他の人に聞かれないようにした方がよろしいですよ?」
「別に関係ないでしょ?」
「私にはなんの関係もありませんけど、いつなにが起こるかわからないので覚悟をしておいた方がいいです」
あの日、悔しいとこぼした及川を何も知らない人が好き勝手言って貶すのは、許せない。
▼ ▲back