▼ その優しさに寄り添いたい
「あの、ちょっといいですか」
「どーした?」
「和泉先輩のことなんですけど」
国見が部活以外のことで声をかけてくるのが珍しくて、正直驚いた。
「和泉さんがどうかした?」
しかも国見とまったく関わりがないだろう和泉さんのことを聞かれるなんて、思ってもみなかった。
「今日日直だったんで今来たところなんですけど、なんか昇降口のところで言い合いしてたんですよね」
「誰と?」
「さぁ。でもあんまりよくない雰囲気でしたよ」
国見が体育館に来たのは本当に今しがたのこと。昇降口から部室に行って、そこで着替えてから体育館に来るまでの時間を計算する。
急ぐことをしない国見でも、それはたいした時間にならない。だけど、口論するには充分すぎる時間。
「教えてくれてありがとね。でもなんで俺?」
「及川さんだと事態が悪化すると思ったので」
なるほど、及川絡みなのか。
「ちょっと行ってくる」
「及川さんにはうまく言っておきます」
国見のうまくがどう転ぶのかわからないけど、及川がこっちに来なければそれでいいかと後のことは任せた。
昇降口でとは聞いたが、はたしてまだそこにいるのか。一瞬考えたがそれは杞憂にすぎなかった。
「はぁ?意味わかんないんだけど」
女子特有の甲高い声と、それより落ち着いた声。いつもは短文で切り返してることが多いから、こんなに長く話してるのは始めて聞くな。
「理解していただかなくても結構です。そもそも理解するつもりもないからできないのかと思うので、はじめからあなた方が理解できるとも思っていません」
いつも以上にキツいこと言ってない?
「失礼にもほどがあるんだけど」
「好きだと宣いながらも貶すほうがよっぽど失礼ですよね」
「マジムカつく」
なにがあったのかわかんないけど、そろそろヤバめ?
「あんたにだけはそんなこと言われたくないわよ!この人殺」
「はいストップ」
それは言ったらいけない。言われる本人はなんでもない顔をしてるけど、気にしないわけがない。半分以上虚実なのに、そんなことを言われることもない。
「え、あ…」
「女の子がこんなところで立ち話?先生に見つかるよ」
「センパイこそ、こんな時間にどうして…」
「ん?声が聞こえたから?」
そう言うと2人は、顔色を変えて慌てたように走って昇降口から出ていった。
「ウソつき」
「バレた?」
「体育館の音が聞こえないのに、私たちの声が聞こえるわけないじゃない」
和泉さんは騙せなかったらしい。騙されるのもどうかと思うけどな。
「で、一静さんはどうしてここに?」
「後輩が教えてくれたんだよね。和泉さんが誰かと言い争ってるって」
「お見苦しいところをお見せしたようですみません」
「いやいや、全然そんなことないから」
とはいえ、なにを争っていたのかは気になる。まったく目を合わせてくれないのはどういう意味なのか。
「知り合い?」
「全然」
「知らない人となにを話してたのか聞いてもいい?」
心配もあるけど、興味もあった。
普段の和泉さんは冷たい印象を与えることが多いけど、けして冷たいわけじゃない。そんな和泉さんがどうして他人にあんな言い方をしたのか。興味がわかない方が不思議じゃない?
「言わない」
「俺に言えないってこと?」
「うん」
「岩泉は?」
「ムリ」
「及川は?」
「絶対やだ」
隠すつもりあるのかな。いくらなんでも下手すぎでしょう。
「じゃあさ、誰にも言わないから教えて」
「やだって言ってるでしょ」
「さんざん好き勝手言われてた和泉さんが怒るくらいだから、俺らのことなんデショ?」
そう言えば分かりやすく黙りこんだ。
なにを気にしてるのかもわからないけど、和泉さんは今までみたいに俺に相談してくれたらいいんだよ。俺に和泉さんが納得できる答えは出せないだろうけど、話すだけで考えがまとまったりするだろ?
「だからさ、教えてよ」
「…絶対不愉快になるよ」
「大丈夫、和泉さんがひとりで考えてどうにかなるものじゃないんだから」
しばらく逡巡したあと、和泉さんはようやく重い口を開いた。
聞いた内容は和泉さんにまったく関係ないもので、少し笑ってしまった。
「なんで笑うの」
「いや、和泉さんがそんなに怒ってくれると思わなかったから」
「人の努力をバカにする人は人じゃない」
「相変わらずキツい言い方するネ」
自分のことには驚くほど頓着しないのに、なんで俺らのことでこんなに怒れるのか。
「でも、ありがと」
「なんで?」
「そんなの無視もできたのに、わざわざ喧嘩してくれたから」
「意味わかんない」
誰にでもできることじゃないだろうに、それに気付かないでやってのけるんだから驚くよ。
「及川に言いづらいこともあるべ?」
「うん」
「そこは嘘ついてもよかったんじゃね?」
「だって事実だもん」
こんなに素直で優しい人だなんて、まだほとんどの人は知らないんだよな。そう考えると、なにか得してる気分だ。
その気分のままに頭を撫でると、不思議そうに見上げられた。
「あ、嫌だった?」
「そうじゃなくて、私の頭ってそんなにちょうどいい位置にあるのかなと思ったの」
ん?
「どういうこと?」
「岩泉も撫でてくる」
あの岩泉が?意外すぎる。
「嫌ならもうしないけど…岩泉にも言っておこうか?」
「そういうんじゃないから大丈夫」
大丈夫とは、いったいどういう意味なのか。
ふるりと首を振るところを見る限り、嫌悪感はまったくなさそうだからいいか。
「部活戻らなくていいの?」
「戻るけど、帰り気を付けてね」
「うん。一静さんも頑張って」
本気で嫌だったらはっきり言う子だし、次話すときにでも聞けばいいか。
しかし…うん。名指しで頑張ってって言われるのは、こう、クるものがあるな。
頑張ろう。
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