おやすみ、ミザリー
ある日を境に、おれ達はきなことまったく会えなくなった。
いつ川原に行っても、どこの草むらを覗いても、絶対にきなこを見付けることはできない。
「なぁ、研磨」
「なに」
きなこがどこに行ったのか、本当にひどい目に合ってたのかどうか、なにも知らない。これからのこともきなこの本当の名前も、おれはなにも知らない。
「きなこ、どこにいるんだろうな」
「知らない」
そう聞くクロはなにか知ってそうだけど、なにも言わないからおれも聞かない。それがきなこに関係してることなのかもわからないけど、別に言いたくなったら言えばいいし、言いたくないなら言わなくていい。
「だよな」
ただ、今はこれでいいんだと、負け惜しみとかじゃなく本当にそう思うんだ。
「きなこが怖がったり泣いたりしてないなら、おれはなんでもいいよ」
もしクロがきなこのことを知ってるなら、おれも知りたいと思う。けど、別に知らなくてもなんの問題もない。
「それもそーだな」
なにも知らないままって言うのは少し寂しい気がするけど、きなこに会う前に戻ったと考えると、それはさほど大きな変化でもないように思う。
「…よし。研磨、練習するぞ!」
でも、きなこに話したいことはたくさんある。
きなこと会えなくなってから、おれは前よりほんの少しだけバレーがうまくなった。ほんの少しだけだから、きなこから見たらたいして変わってないのかもしれないけど。
クロに誘われなかったら絶対に入らなかったけど、学校のクラブ活動も…まぁ、嫌いじゃない。好きでもないけど。
クロも前と変わらずバレーばっかり。もしかしたら前よりバレーばっかりやってるかもしれない。
聞いたら、どうやら中学でもやるらしい。おれはどうするか考えてないけど…クロに誘われたらやろうかな。バレーは嫌いじゃないけど、疲れるの好きじゃないし。
「いたっ」
「よそ見してんなよー」
「ごめん」
あとね、ほんの少しだけ、今もきなこがいたらって思うよ。
「体調良くないのか?」
「そんなことないよ」
「ならいいんだけど」
一緒に練習してたら、きなこもレシーブくらいはできるようになってたかもしれない。もしかしたらものすごくうまくなって、クロをぎゃふんと言わせてたかもしれない。逆にいつまでもうまくならないのも女の子っぽくてかわいいのかもしれない。
どれもきなこがいない今は、たらればの話になるんだけどね。
「…帰るか」
「うん」
今みたいに夕陽が反射する川を見たり、オレンジが濃紺になっていくのを見てると、妙に姿勢良く歩いてたきなこを思い出すんだ。
おれなんかが想像もできないような寂しさとか苦しさみたいなものを抱えて、夕焼けの中に吸い込まれるみたいに進んでいくきなこが、どこか怖かった。それと同時に、おれ達がどんなにその小さい手を引いても、きっときなこはそこに向かって行くんだろうなとも思って、少し淋しかった。
「なぁ研磨」
「なに」
「…いや、なんでもねぇ」
それ何回目?言いたくないなら言わなくていいとは思ってるけど、あきるくらい同じ事を繰り返されたら、いくらなんでも気になるんだけど。
「ねぇクロ」
だから、ちょっとだけ聞いてみたい。
「なんだ?」
ちゃんとした答えなんかじゃなくていい。聞いたところで、クロは答えてくれないだろうから。
「元気だといいね」
遠回しにぼんやりと、きっとクロがずっと気にしてるだろうことを聞いてみる。こんな言い方じゃあ気付かないかもしれない。それでもいいけど。
「そーだな」
きなこがどこに行ってもいいけど、行った先で元気にしててくれるならそれでいい。ひどい目にあってなければいい。けがをしてなければいい。ひとりで抱え込んだりしないで、誰かと笑っててくれたらいい。
「きなこが泣いてなきゃいいか」
おれ達がきなこに願うのは、ただそれだけ。
だからちゃんと笑っててよ。
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