オーバーライトされる痣
「こんなの産まなきゃよかった」
それがお母さんの口癖だった。
私は生まれた時から、色素と言うものが薄かったらしい。髪はほとんど金と変わりない栗色。目は黒っぽく見えるけど、明るいところでみると青い。場合によっては緑にも見えるらしい。腕や足はあまり陽に当たらないから真っ白。お母さんはそれら全部が気持ち悪いって言ってた。
お父さんはいない。生まれたばかりの私を見て「浮気相手との間に出来た子供だ」と決めつけて、お母さんの必死の否定も無視して出ていってしまったらしい。勿論これが本当かどうかわからない。私はお父さんの顔も知らないから。
教えてくれたのはお姉ちゃん。お姉ちゃんはお母さんと同じ黒髪に、青くならない黒目。お姉ちゃんは「あんたがそんな色だからお父さんはいなくなったんだ」って言うのが口癖。癖は、たぶん2人共たくさんある。
お母さんもお姉ちゃんも、人付き合いが得意なタイプじゃない。お母さんは誰かの陰に隠れて、その誰かと一緒じゃないとなにもできない。お姉ちゃんはボロボロになりづらいはずのランドセルが酷く傷んでるのをみる限り、集団による虐めを受けているんだと思う。お姉ちゃんは片親であることを理由に虐められてるんだろう。
「あんたがいるからうちはお父さんがいないんだよ!お父さんじゃなくてあんたがいなくなればよかったのに!!」
4つも上だと、体格差がどうしてもできるからとてもかなわない。そもそもほとんど食べてない私と、ちゃんと食べてるお姉ちゃんを比べることが間違ってる。
この家に私はいない。だから私のご飯はなくて当たり前。だけど、もし私が死んでしまえば2人はとても困ることになる。たったそれだけの理由だけど、たまにご飯があることに感謝しないといけない。
「消えてよ!」
だから私が2人のキモチを受け取る。私がいるから2人が悲しい。私がいるから2人が辛い。他に理由はいらない。
「どうしてこんなゴミがあるの?いやだわ、捨て忘れたのかしら」
ただ呼吸をするように殴られる。無意識の内に蹴り飛ばされる。日常会話のように呪詛が溢れる。私はそれらをただ受け留める。生きることを許してくれている2人に私ができることは、それくらいしかないから。
「お昼にするわよ」
「はぁーい」
休日のこの時間になると、私は静かに外に行く。ご飯を食べてるときに私が家にいると、2人の機嫌がとても悪くなる。ほんの一時の間でも私がいなくなれば、2人は楽しい時間を過ごせると知っているから。
休日の公園には、私と同じくらいの子どもが多い。でもここには入らない。誰に言われたかなんて覚えてないけど、私には公園に立ち入る資格がないらしいから。
私はおかしく見えない程度に通りを歩いて、そのまま少し離れたところにある川まで出る。堂々としていると、どうやら1人で歩いていても誰もなにも思わないらしいと気付いた。それから私は、できる限り他の人と同じように歩くことにした。川に着いてからは、誰かに見つかると怖いから草の中に埋もれるようにして川を眺める。そしてみんなが帰るだろう夕暮れになったら家に帰る。
帰ったら静かに大人しくして、もしも機嫌が良ければ布団で寝れる。今日はもう痛くないといいな。でも無理かな。2人とも、なんか機嫌悪そうだったから。
キラキラと光を反射する川を眺めながら、今日もそうして終わると思ってた。
「うわっ!お前こんなところでなにやってんだよ」
初めて男の子に見つかった。なんか、髪の毛がすごい。クラスの男の子でも見たことない頭してる。
「そんなとこにいると葉っぱつくぞ?」
分かりやすく首を傾げる男の子の手には、カラフルなボールがある。
「つーかなんでそんなとこにいんだよ」
そう言われても、ここにいることに理由はない。あるとしたら大人に見つからないで、安全な時間を過ごせるから。
でもこんなことを知らない人に教えるものでもない。もし話したら、お母さんがなにか言われてしまうと思うから。それを私は良いこととは思わない。だって私が悪いんだもん。
「クロ、どうしたの?猫でもいた?」
そんなことを考えてたら、男の子が増えた。
「いや、女子がいるんだけどさ」
「え?おばけじゃなくて?」
「ちげーよ」
無駄なことを考えてないで、さっさと走って逃げてしまえばよかった。
「ホントだ」
ボールを持ってる男の子よりも、ちょっと小さい男の子。金色の目が、川みたいにキラキラしてる。
「ここで何してるの?」
「それ俺も聞いたから」
「そうなの?」
「おう。でもなんにも答えてくれないんだよな」
「ふーん」
この2人はどうしたいんだろう。学校の人たちみたいに、叩くのかな。叩かれることも蹴られることも引き摺られることも、ほとんどの痛いことは誰かしらにされたことがある。そのせいか、私はなにをされてもなんとも思わないようになってしまった。私は生きてるだけで人をイラつかせてしまうから、どんなに怒られても仕方ない。
だけど、いつまでたっても痛いのは慣れない。だからと言って、うっかり声を出したらもっと痛くなるからいつも堪える。
不意に伸びてきた手を見て、これから始まる痛みに堪える為に目をつぶった。
「猫みたい」
それなのに、いつまでたっても痛くない。頭が何かに揺らされてるけど、いつもみたいにどこかが痛くなるものじゃない。
「お前女子にそれはないだろ」
目を開けると小さい方の男の子が目の前にいて、びっくりしてまた強く目を閉じた。
「でも、そう思わない?」
変わらず私の頭はゆるゆると揺れる。
なんだろう。なんで私は今会ったばっかりの知らない人に頭を揺らされてるんだろう?
「俺に言わせれば、初めて会った女子の頭をいきなり撫でてる研磨にびっくりなんだけど」
痛くないのは随分と久しぶりで、ともあれば初めてのことかもしれない。
「この子は平気。ねぇ、一緒にやらない?」
「…マジかよ…」
なんの話をしてるんだろう。真っ暗な視界の中で、揺られる頭と優しい声。それ以外はよく分からない。
私はどうしたらいいんだろう。
「大丈夫だから」
その「大丈夫」が何を指しているのかもわからないけど、少しだけ、目を開けてみた。
そこには変わらず金色の目がある。でもその中にはお母さんやお姉ちゃん、その他の人たちのような色は見えない。目の前の川みたいに静か。
「おれたちと一緒にやろう」
だからと言ってこの人のことが怖くないわけではない。今は痛いことをしないけど、これから痛いことをするのかもしれない。そういうこともあった。でも、言うことをきかないともっと怖いことが起こるかもしれない。
「おいで」
痛いのも怖いのも慣れてるけど、それが平気なわけじゃない。私がここから出たのは、ただ目の前の恐怖から逃げるため。
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