放り出されても困ります


「…ぁ、アリス!」

目が覚めた私の眼前には、見覚えのない天井と壁。それと、ある意味ですっかり見慣れたツインテールの少女がいた。

「目が覚めたのね?!よかった、どこかおかしいところはない?大丈夫?そうだ、今兄さんを呼んでくるからそのまま起きててね?寝ちゃダメよ?いい?」
『いや、あの…』
「絶対だからね!」

少女は混乱するこちらのことはお構いなしにどこかへ走って行った。

とりあえず現状把握のためにも周りを見ることにしたが、やっぱり私の部屋ではない。私の部屋はこんな病室みたいじゃないし、天井だってこんなに高くない。ベッドの周りにカーテンとか、絶対家にないでしょ。

第一、あの少女が私の部屋にいるはずがない。

「兄さん、ほらっ」

少女が連れてきたのは、やはりある意味ですっかり見慣れた少女の唯一の肉親である長身の兄。

「久しぶりだね、アリスちゃん。無事に気がついたみたいでよかったよ」
「なかなか起きないからラビも神田も心配してたのよ?」

そもそもこの少女もその兄も、存在するはずがない。だってこの人達は…

「アリスちゃん、なにかあったのかい?」

漫画の中の存在なんだから。

『わ、たし、アリスじゃないです。城崎アリコです』
「ちょっとアリス、どうしちゃったの?そんな冗談言うなんてアリスらしくないわよ?」
『いえ、けして冗談などではなく』
「もうっ寝てる間に何があったの?いきなり冗談を言うなんてビックリするじゃない」
『だから』
「でもよかった!またアリスと一緒にいられるのねっ」

ダメだ。全然話聞いてくれない。
女の子らしい部分と戦場で培われたと思われる冷静さを兼ね備えてる子だと思ってたんだけど、本来はこんなキャラだったのか?

「リナリー。少しの間でいいんだけど、ここに人が来ないようにしてくれるかい?」
「どうして?やっとアリスが起きたのよ?早く神田やラビ達にも教えてあげなきゃ」
「それはもちろんだけど、少し待っててもらえるかな?どうやら、アリスちゃんにも何かあるみたいだからね」

流石に兄の方はわかってくれたみたい。現状もわからないのに、そんな矢継ぎ早に捲し立てられてもわかりゃしないですって。

しかし、なんだか不穏な空気を兄妹が真剣に睨み合ってる。だからってそれはケンカなんかじゃなくて、探り合うというか、真意を図ろうとしているようなもの。

「………わかったわ」
「話が終わったらすぐに呼ぶからね」
「あんまり待たせたらコーヒーじゃなくてコーラにしちゃうからね」

少女、リナリーが部屋を出るとその兄、コムイは真剣な目で私を射ぬいた。

「さて、どういうことか説明できるかな?えっと、アリコちゃん?」
『いえ、アリスでいいですよ。たまにそう呼ばれてましたから』
「そう…じゃあアリスちゃん。こうなったのはどうしてかわかるかな?」

どうしてそんな子供扱いなんだろう。やっぱり幼く見られてるのか?いや、コムイさんもアジア系だし…だけど私は典型的な日本人だし…って。

『あのっこうなってしまった理由は私にもわからないのですが、こちらのアリスは何歳で出身はどこですか?』
「今は17歳でドイツ生まれのドイツ育ちだよ。確か、かなり遠縁に日本人だったかな?アジア系の身内がいたとか」

あぁ、だからか。

「アリスちゃんとはなにか違うのかな?」

イヤな予想と言うのは、どうしてこうも当たるのか。

『私は両親祖父母共に日本生まれ日本育ちの満18歳です』
「え、ドイツには」
『行ったこともないです』
「じゃあ、今気付いたら突然ここにいたって感じなのかな?」
『はい』

どうしてこんなことになってしまったのやら。昨日は普通に晩御飯食べてお風呂はいって寝ようとしてたはずなんだけどなぁ…あれか、珍しく宿題片付けたからか。

「そうか…まずは【アリス】ちゃんの事を少し教えようか。彼女はね、任務の時に仲間を助けようと少し無茶をしてしまってね、その時の怪我でずっと眠ったままだったんだ」
『なのにいざ起きてみたら私だったと…』

あの心配具合から察するに、ちょっとやそっとの期間じゃなかったんだろうな。

「突然のことだからアリスちゃんも混乱しているかもしれないね」

任務の時か…

『と言うことはエクソシストだったのか』
「アリスちゃん、エクソシストの事を知ってるの?」

しまった。声に出てた。

アニメ派であんまり読んでなかったからほとんど覚えてないけど、確か一般人はエクソシストなんて知らないんじゃなかったっけ?それなのに知ってるとなったらスパイ容疑で粛清?それとも【アリス】として明日から戦場?

…ムリムリ。どっちにしろ死ぬことになるなら、ちゃんと役に立って死にたいです。それなら素直に喋った方が得策だろう。

『はい。私の世界で少しだけ読みました』
「じゃあ、もしかして終末を知っているのかい?!それに君の世界って…詳しく聞かせてもらえるかな?」
『終末はわかりませんが、私はこことは違う世界から来たんだと思います』
「と言うと?」

大丈夫。
ここで変に嘘をついた方が危ない。洗いざらい話した方が、元に戻る近道になるかもしれない。

『私の世界は、仮初めとは言え平和そのものです。アクマもイノセンスもエクソシストも、もちろん伯爵もいません。歴史にも残っていません。人間同士の戦争ならありますが…』
「歴史にもない?じゃあ読んだって言うのはどういうことなんだい?」

うーん。ここはうまいことごまかしたいけど、そうすると辻褄が合わなくなるんだよね。

ちらりとコムイさんの様子を伺うと、少し目を丸くしながら続きを促してきた。
私の話を聞くコムイさんの目は真剣そのもので、私の拙い嘘なんてすぐに見抜くだろう。
なによりコムイさんは大人で科学者だ。突飛な話だとしても、子供みたいに取り乱したりなんかしないだろう。

『あまり気持ちのいいものではないと思いますが』

女は度胸。腹を括れ。

『この世界は、私の世界で1人の人間が想像し創造した世界なんです』
「…え?」

コムイさんがあからさまにきょとんとしてる。
ですよね。意味わかんないですよね。私だって突然そんなこと言われたらそんな反応すると思います。

『漫画…なんてこの世界にありますか?こう、絵が主体で台詞が書いてあって』
「絵本みたいなものかい?」
『あー…はい。絵本をもっと小刻みに書いたような…感じだ、と思います』

この説明であってる?よくわかんないけど伝わった?伝わってない予感がひしひしとする。

「それがアリスちゃんの世界にある、ボク達の世界なんだね?」
『すみません』

もっとうまく言えなかったのかな。
少なくとも漫画ってことは言わなくても良かったかな。

「気にしないで。それが、アリスちゃんがずっと過ごしてきた世界なんだから」
『はい』
「…アリスちゃんには少し辛いかもね」
『私が立ち向かわなきゃいけないことなんですから、大丈夫です』

ちゃんと笑えただろうか。自分じゃ見れないからちょっと不安…あ。

『コムイさんコムイさん』
「え?どうしたんだい?」
『鏡、見せてください』
「気になる?」

ここにあるよとベッド脇のカーテンを開けてくれたそこには、良くも悪くもありがちな洗面台があった。

『ぉわ!』
「おっと…大丈夫かい?」
『はい。すみません』

鏡を見ようとしただけなんだけど、一瞬立てなくてビックリした。よくわかんないけど、しばらく寝たままだったみたいだし足腰弱ってるのかな?
そうじゃなくてもあのままコムイさんが支えてくれなかったら床とこんにちはしてたのか…ありがとうございますコムイさん。

『うわぁお』

鏡を覗いてみると、つい声が洩れた。
なんか顔の横が痒いと思ったら、サイドの髪が長い後ろと違って短くなってた。
なんか漫画みたいで恥ずかしい。こんな髪型するなんて生まれて初めてだよ。

「ご両親はブロンドだったらしいけど、隔世遺伝でその髪色なんだって言ってたよ。やっぱり違うかい?」

ありえない変化に食い入るように見てしまっていたらしく、どこか笑いながらコムイさんに声をかけられた。

『そうですね。私とだいたい似てますけど、髪型とかちょっと違いますし、目の色は私と全然違いますね』

コンタクトではないみたい。
そもそもこの世界にコンタクトなんて存在してるのか?

「違ったの?」
『はい。こんな綺麗な蒼じゃなくて、髪と同じ真っ黒でした』
「そっか…アリスちゃん。起きてすぐで悪いけど、ちょっといいかな?」
『はい』

言われるがままコムイさんに連れられて病室を出る。
今が何時なのかはわからないが、すれ違う人は多くない。それに、長い間眠っていたからか体を動かすたびに関節がギシギシ言ってる気がする。

「アリスちゃん、みんなの名前はわかるかい?」
『多少は。どうしてですか?』
「ボクの名前を知ってたからね」

しまった。迂闊すぎた。

『すみません。気味悪いですよね』
「アリスちゃんはなにも悪くないんだから、謝る必要はないよ」
『…ありがとうございます』

コムイさんがいい人すぎて泣きそう。

なにもわからずただコムイさんに着いて歩いてるけど、どこにいくんだろう?

「おいで」

呼ばれるままにコムイさんと逆四角推の乗り物に搭乗。どんどん地下に向かってるみたいだけど…あ。もしかしてイノセンスが適合してるかどうか見るのかな?