あいつが死んだ日


「神田!どうせもう起きてるんでしょ!?神田!」

陽が昇るよりも早い時間に、遠慮もなくドアが叩かれた。
確かにもう起きてるけどうるせえよ。

「なんだよ」

開いたドアの前には予想した通りの人物が情けない顔で立っていた。

「神田、」

情けないなんてものじゃなく、今にも泣くんじゃないかと思うような雰囲気だった。

また探索部隊の誰かが死んだのか?誰が怪我をした、誰が死んだ。いちいちそんなことに気を沈めても意味ねぇと思うが、リナはそう言う女だ。そもそも関係ない俺には誰が死のうと興味もない。教えられても、誰かが死ぬ度によくあきないもんだとしか思わない。
今回もいつものことだろうと高を括っていたが、リナが言ったのは見も知らない探索部隊の事ではなかった。

「アリスが…」

その名前を聞いて、なにかあったのだろうと想像がついた。誰が見てもわかる程、リナは実の兄であるコムイと同じレベルであいつの事を慕っている。

「なにかあったのか?」

しかし、あいつなら昨日の夜が明ける前にここを出たはずだ。リナの態度に、今まで1度として想像しなかった嫌な予感が頭を過る。

「アリスが、怪我をしたって」
「それがどうした」

今のあいつは滅多に怪我なんて負わねぇけど、それくらい今までもあっただろ。

「珍しくアリスの部隊から救援要請があったの。そんなこと今までなかったから、ただ事じゃないと思ってすぐに救援を送ったみたいなんだけど、探索部隊1名とアリスを残して全滅、で…」

救援要請?全滅?あのアリスが?

音が急速に消えていく。
話す度に震える声を聞き逃すことのないよう、耳が余計な音を排除してるんだろう。それとも、内容を理解することを拒絶しているのか。

「アリス、瀕死だっ、て…」

微塵も想像したことがなかった。あいつの部隊が全滅することも、あいつ自身が死ぬと言うことも。

「今治療してるけど傷が深すぎてっ…無理かも、しれないって…」

あいつの実力は俺が1番知ってる。
昔から俺達の喧嘩に混ざって生傷が絶えなくて、今だって修練を怠ったりしない。いつだって怯むことなく目の前の敵を確実に壊していく。

「リナ、どこだ」

口は悪いがその時最も最善の判断を下せるあいつが、簡単に死ぬわけねえだろ。

「病室だけど…って、行っても会えないわよ!」

んなことわかってる。それでも病室に向かわずにいられなかった。

「神田、どうした?」

俺がここに来ることをわかっていたのか、病室の前にはリーバーがいた。

「あいつがここにいるだろ」
「ダメだ。今は入れられない」

救護班の奴じゃなく、こいつが足止め役としてここにいるってことは、リナが俺のところに来ることも、話を聞いた俺がここに来ることもコムイにはわかってたんだろう。

「神田!無理だって言ったじゃない!」

どいつもこいつも腹が立つ。

「アリスなら絶対に大丈夫だ。だからお前達は待っててやれ」

んなこと言われなくてもわかってる。あいつが簡単に死ぬわけねえ。
でも、あいつはただの人間だった。何かあれば簡単に死ぬような、ただの人間だ。

「ちっ」

それからあいつは、なんとか死にはしなかったものの、治療が終わっても目を覚ますことはなかった。

風の噂で、どうやら右肩から腰にかけて背中をばっさり斬られたらしいと知った。唯一生き残った探索部隊を庇いでもしたんだろう。そうでもなかったら背中なんて切られるわけがない。
リナは暇さえあれば病室に行ってるらしいが、それも直接聞いたわけじゃない。コムイがやたらめんどくせぇからそう思っただけだ。

起きない人間を待ってても仕方がない。めんどくせぇコムイを受け流し、ただ任務をこなしていた。
エクソシストが死ぬことはそう珍しいことではない。常に人が足りていない所にあいつが抜ければ、更に回される任務は増える。だから暇をもて余すことはなかった。

「あ、いたいた。ユウ!大ニュースさ!」
「あ?」
「アリスの意識がやっと戻ったんさ!」

そうして気付いたら、あいつが死にながらここに帰ってきて半年が過ぎていた。

「どこだ」
「待てよユウ!」

頭で考えるより先に足が動いてた。

「アリスはいつもの病室…ってもユウは知らねぇか」

こんなのお前だけだ。お前だけが俺を動かせる。そこんところわかってんのか?
わかってねえだろうな。お前は鈍いから。

「神田!ラビ!」
「アリスは?」
「中よ」
「なんだよお前ら、俺が探さなくても集まってんじゃねぇか」
「あり?探してくれてたんか」

走り回ってたらしいリーバーの事はどうだっていい。リナが開けたドアの向こうには、ベッドに座ったあいつがコムイと向き合うようにしていた。

「アリス!」

病室にいるあいつに、どこか違和感を感じた。見た目とかそういったものじゃなく、もっと感覚的なもの。

「目ぇ覚めたってマジだったんだなぁ」

どこか幼いような印象。

「起きたなら早く言え」

どうしてそう感じるのかわからない。
それともうひとつ。

「急に呼び出したりして悪いねみんな。あ、リーバー班長も残ってね」
「俺もッスか」

視線の位置がおかしい。

「…なぁ、なんかおかしくねぇ?」
「あぁ」

あいつは例え誰が相手だとしても、いつだって真っ直ぐ射抜くように視線を合わせていた。それが今は病室の誰にも視点が合わない。

「さて、これから話すことは他言無用で頼むよ」

よくわからない違和感を残したまま、コムイの言葉に耳を傾けるしかなかった。

「…と、言うことで!今のアリスちゃんはここの事はなーんにも知らないんだって!」

聞かされたことは現実味に欠ける話だが、目の前にいるあいつが違う人物だと言われて確信している自分がいる。

「じゃーみんな、質問はある?」

中身が別人に入れ替わった?そんな非科学的なこと俺は信じない。だがこいつは明らかにアリスじゃねぇ。見た目は同じなのに、まったく違う。

「そんな非科学的なこと、本当にありえるんか?」
「ボクもラビの気持ちはよーくわかる。でも実際にこうして目の前で起きちゃってるからね。ボク達では考えつかないようなことがまだまだあるんだよ、きっと」

だが、信じたわけじゃねえ。

『【ありえないなんてことはありえない】そんな言葉を言った人がいるくらいです。私がここに来た理由も、きっとなにかあるはずなんです』

逃げることなくこちらを向いた目はあいつに似ていたが、やはり重なることはなくどこかずれている。

「アリス、私にできることがあったらなんでも言ってね」

視線の合わないそいつ手は、布団を握り小さく震えていた。

「オレもできることがあれば手伝うさ」

そんなのはあいつじゃねぇ。

『ありがとうございます』

あいつは戦う術を持たない弱い女と同じように、情けない顔をして笑うことはしなかった。

「その話し方やめろ、うぜぇ」

あいつはそんな下から話すことはしなかった。

「ちょっと神田っ」
「確かに今まで1度だって敬語じゃなかったし、なーんか違和感さ」

違和感なんてもんじゃねぇ。

「だいたい神田はもう少し言い方を考えてって言ってるでしょ!」
『私なら大丈夫だから』
「でも!」
『それに、みんなに手伝って欲しいことがあるの』

しかも同調値が50を切ってる?ふざけんじゃねぇよ。

「コムイ、それマジで言ってんのか?」
「さっきヘブラスカに見てもらったばかりだから間違いないよ」

こいつが寝てる間、コムイが上から切り捨てろと何度も言われていたのを耳に挟んだことがある。

「だから3人にはしばらくの間、任務と平行して下がってしまったアリスちゃんの同調値をあげてもらうよ。しばらくの間は長期入院してたからリハビリとして教団にいることはできるけど、任務をこなせないほどに同調値が下がってしまったなんて、さすがに言えないからね」

使えない駒ならいつまでも置いておく必要はない。早急に処分しろと。

「俺は任務だけでいい」
「神田!」

その度にあれこれ理由をつけて、絶対に目覚めると信じてどうにか今日まで処分を免れた。

「ド素人につける稽古なんてねえよ。コムイ、こいつらの分も俺に回せ」

それがどうだ、目が覚めたら戦ったことがない?そんな奴知らねえ。弱いこいつは、アリスじゃねえ。

「いいの?神田くん」

あいつはもういない。
半年前のあの日、あいつは死んだんだ。

「そいつの相手よりよっぽど楽だ」

これは本音だ。
あいつじゃねえこいつと修業なんてできるかよ。子守りは趣味じゃねぇ。

『神田がそれでいいなら、私は構わないよ』

病室から出ようとした時、やはりあいつの声で聞き慣れない言葉が聞こえた。
振り返ってそいつを見ると、泣くでも笑うでもなく、ただ真剣な目をしていた。

『ただ、私がちゃんと戦えるかどうか見てほしいけど』

そう言った俺を見る目は交わりこそしないものの、あいつのものと同じだった。

「せいぜいくたばんなよ」

意思を曲げないその目だけは、あいつと一緒なんだな。

『はい』

その姿で情けないことをするな。アリスじゃなくお前だから死んだなんて言い訳、俺は聞かねえ。