仲間外れってなんか嫌だ


目が覚めたのは夜だった。気配なんてものは相変わらずわからないけど、どうやら部屋には誰もいないらしい。

『神田?ゴズさん?』

部屋の中は暗くてあまりよく見えない。前よりは見えるけど、私は鳥目なんだよ。だから暗いのは得意じゃない。

『神田ぁー…』

何度か呼んでみたけど、やっぱり誰もいないみたいでなんの返事もない。
どっか行くならなんで起こさなかったんだよバ神田。戦力外でも一応起こしてよ。ほっとかれたら状況わけわからんちんになるじゃないか。

私は部屋を出ると、他の部屋を確認するのも失礼なので雑貨店の扉を開けた。
いつの間にか雨はあがっていて、ぬかるんだ地面と湿度の高い空気が降っていた雨の酷さを思い出させる。

『ん?ゼリービーンズ…?』

どこに行ったのかと思ってぬかるんだ地面を見ると、半分ほど埋まっているゼリービーンズに気付いた。あまりにも不自然な鮮やかすぎる色は、点々とどこかへ続いていく。

神田…は万が一にもないから、もしかしたらゴズさんが残してくれたのかも。
そんな期待をしながらそれを辿ると、向かいから誰かが歩いて来た。それが誰かなんて考えるまでもない。

『あ、神田ーゴズさーん』
「アリスさん!起きちゃったんですね」

あれ?これ誰も私を起こすつもりがなかった系?ではあのゼリービーンズは道標ではないと?じゃあなんだったの?

『おじいちゃんまで一緒にいたの?私だけ仲間外れで何してたのさ?』
「お前大丈夫か?」
『ん?』
「頭」
『悪い』
「そうじゃなくて、神田さんは体調の心配をしてるんですよ」

さっきのノリで答えたらゴズさんに違うと言われた。なんだ、私の頭の出来の話ではなかったか。
いくらか寝たからスッキリしてる。気持ち悪さは残ってるけど、痛みはほとんどない。

『そう言えば、お店出たあたりから平気かも』
「あたりだ」

神田は確信したらしい。
なにを?なんてことは聞かない。今考えたけど、私もそれで当たってると思うから。

神田が雑貨店の扉を開くとソフィアさんが台所から飛び出してきた。
それを見て口を開きかけたゴズさんをぎりぎりで黙らせると、神田がソフィアさんの前に立つ。その後ろにおじいちゃんとゴズさんと私。

…ねぇ、私の立ち位置おかしくない?

「ソフィア、話がある。あの小屋はなんだ?」
『小屋?』
「村のはずれにあって、ついさっきまで俺が監禁されてたんです」
『監禁?』
「店主さんと神田さんが助けにきてくれたんですけどね」

そっか…じゃああのゼリービーンズは神田が…?いやいやないない。絶対ない。

「あの小屋にはつい最近まで、1人の老婆が住んでいたんです……」
「それが魔女ですか!?」

び…っくりしたぁ。
いくらこの世界にアクマがいようとも、本物の魔女なんていないよ。

「いえ。よそから来て、いつの間にか住み着いた無口な老婆でした。ご存知のとおり、ここは魔女伝説が残っています。迷い込んだ子どもを喰らっていた魔女が棲んでいたと。もちろん、本物の魔女なんているわけありませんけど、これまで村では、そういう変わり者で身寄りのない女が【魔女】としての役割を与えられてきました」

これは…嫌な流れだな。

「最低限の衣食住を与えられる代わりに、村人たちに忌み嫌われる存在として生きなければならない。それが【魔女】です。【魔女】は悪い者、だからそいつが村のすべての災厄を引き受けてくれる、という迷信が信じられていたんです。事実、歴代の【魔女】たちがいるときは、村は貧しくても平和でした」

優しいゴズさんが絶句するのも無理はない。たかが迷信の為に、誰かを犠牲にするなんて酷い話だ。

「1か月ほど前、【魔女】が死んだんです。私は町にいたから知らなかったけれど…彼女が死ぬと、村にはおかしなことが起きはじめました。飼っていた家畜が次々死んだり、子どもが木り株の上に転がって大怪我をしたり、村1番頑強な人が肺炎になったり」
「でもそれって、偶然じゃないですか?」

そう、偶然なんだ。人間誰しも怪我や病気になる可能性はあるしいずれは死ぬ。それは人柱を立てたところでなにも変わらない。雨は降らないし作物は実らないし疫病は治らない。

「でもこの村で生まれ育った迷信深い人たちは、【魔女】がいなくなったせいだと決めつけた」

それなのに、過去に人柱を立てた後にどんな小さな変化だとしてもなにかが起きてしまえば、人は狂ったように人柱を立て続ける。
現に、この村の人達は魔女がいる間は平穏に暮らしていたんだから。

「彼らは自分たちの平穏な生活のため、新たな【魔女】が必要だと考えた。そしてアンジェラに白羽の矢が立った」

アンジェラ?誰それ。そんな疑問はゴズさんがあっさり聞いてしまった。どうやらソフィアさんの双子の妹さんだそうだ。

「ずっと病弱で寝たきりだったの。だから私は15歳のときから、彼女の薬代を稼ぐために町に出て働いていたの」

ソフィアさんがこれだけ綺麗なんだから、とんでもなく綺麗な双子だったんだろう。妹の為に働きに出るなんて、随分仲のいい姉妹だったんだ。

「ああ……もしかして俺たちが泊めてもらっている部屋って、アンジェラさんの部屋なんですか?」
「そうよ」
「……アンジェラさんは今どこに?」

ゴズさんのその言葉を引き金に、ソフィアさんの目付きが変わった。あれは誰かを憎む目だ。

「言ったでしょ。アンジェラは【魔女】に選ばれたって!母が死んだあと、父は足を悪くして、雑貨店だというのに人の手を借りなければ品物を仕入れられなくなっていた。ソフィアの仕送りは私の薬代に消える。だから言われるがままに私を差し出した。病気だというのにあんな不衛生な場所に住まわされて、たまに水を汲みに外に出れば子どもたちに石をぶつけられ、ろくに物も食べられなくて。魔女の小屋に住み始めて、たった10日で死んだわ」

当時の事を思い出して感情が高ぶったのか、彼女はほとんど叫ぶように全てを話した。途中から一人称が変わったことに、彼女自身気付いていないのだろうか。

「町にいたソフィアはもちろん何も知らなかった。久しぶりの休みに帰ってきて、すべてを知ったの。私が死んで、もう5日もたっていたわ。私はお墓も造ってもらえず、魔女の小屋の裏庭に埋められていた」

村から見捨てられた病弱な妹のものか、気付いた時には全て終わっていた姉のものか。姉妹のどちらのものかわからないけど、彼女の大きな空色の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「今はただの針子だけど、いずれは自分のお店を持てるように頑張る。そうしたら私を都会の医者に診せることができる。それだけを思って、ソフィアはひとりで頑張ってくれていたのに!」
「そして、千年伯爵にあったのか」
「そうよ。ソフィアは私を呼んだ。そして私の魂は呼び戻されソフィアの中へ入り、アクマになったわ」

ねぇ、その手は本当に縋ってよかったものだったの?手を伸ばす相手を間違えたんじゃないの?

「そんな……ひどすぎる!人を何だと思ってるんだ!魔女なんて。そんなくだらない!ソフィアさんまで犠牲になって!」
「泣いてくれるの?私たちのために。優しい人ね……」

本来は彼女もゴズさんのように優しい人だったんだろう。そうでなかったら呼び戻すことも、呼び戻されることも、伯爵の目に留まることすらなかったのかもしれない。

「アクマとなって……おまえは村人たちを殺したのか」
「ええ、あいつらがいちばん苦しむ方法でね!子どもたちを小屋に誘い出し、皆殺しにしてやった。死体は全部、小屋の床下に埋めてやった」

彼女の気持ちはわからなくもない。
売られた喧嘩は高価買い取り返品不可、お釣りはそのまま握らせろ。やられたからにはやり返せ。

「私の元へ押し寄せて来た親たちは返り討ちにしてやった。人間がアクマに勝てるわけないじゃない。何人かは身内に呼び戻され、アクマとなったわ。馬鹿なあいつらは、村のどこかに自分の子どもが生きていて監禁されていると信じていた。だから、私の言うがまま村に近ずく者を殺してきた」

だけど彼女がやり返すべきは村の人間じゃなくて、ここに根付いた迷信だ。

「そんな……本物の魔女じゃないですか!それじゃ!」
「そうよ。千年伯爵と一緒に話したの。ここを本当の魔女の村にしようって。伝説を本物にしようってね!」
「なんでそんなことを!村人が憎いのはわかります!でも、子どもたちは関係ないじゃないですか!」

信心深い大人を皆殺しにしても、子どもはいづれ大人になる。そうなったらまた迷信は蘇ってしまう。
そう考えると、1度根絶やしにするのが手っ取り早いのかもしれない。

「私に魔女であれと言ったのは村人たちよ!だから私は身も心も魔女になってやった!その何が悪いのよ!」

だけど、どんなに村人を根絶やしにしたところで、話は大きくなって周囲に広がる。迷信は人間がいる限りなくなりはしない。

『悪いよ。あんた達は絶対に取っちゃいけない手を取ったんだ。あんたはもう、その時眠らなきゃいけなかったんだ』

間違えたのはこの2人だけじゃない。
自分より弱い人間を利用して死なせて、いなくなったらまた別の誰かを利用する。それが異常であることに気付けないなんて、普通のことだなんておかしい。

「憎い憎い憎い。私が何をしたっていうの?ここは【魔女の村】なのよ。ここに来た奴は皆、私に殺される」

綺麗な顔に亀裂が入る。
歪んで裂けて、美しく可憐であった人が醜く変わっていく様を見ていても、面白くもなんともない。

「あんたたちが私の手下を倒したのね。伯爵さまが言っていた。エクソシストってやつなんでしょう?ふふ、聖職者か。いいわね、神の使徒。相手にとって不足はないわ!」

彼女は両手を広げて、童話の悪い魔女のように高らかに笑った。

「現代の魔女の姿を見せてあげる!」